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2009年7月

由香里先生に指導碁をして頂いた♪

5月から、3ヶ月間続けてきた囲碁クラスの最終日でした。

最終回には、先生と対戦することになっていたのですが、
とうとう、その日がやってきた…というわけです。

クラス全員が、2チームに分かれて、
王唯任先生と、梅沢由香里先生に指導碁をして頂きました。

私は、由香里先生のチームで、
私たち生徒が一つずつ囲碁盤を並べて、9子を置いて、
先生が順番に1手ずつ打ってくださるという形式でした。

由香里先生の、囲碁盤に石を置く音が、今も頭の中に響きます。

囲碁が終わってから、
由香里先生が【攻めるセンスがありますよ】と励ましてくださったので、
ちょっと恥ずかしかったですが、
それでも、子供のような気持ちで、素直にとても嬉しかったです。

それに、技術がともなえば…とも言われました。^^;
そうですねぇ~…これから練習しだいですよね。

最初が、最初でしたからね… まったくゼロのズブの素人でしたから。

ちょっとでもできれば、凄い進歩って思っていいですよねぇ!

う~ん! 頑張ろう♪

今まで、全然できなかったことに挑戦して、
そして下手ながらも19路盤をうつことが、できるようになりました。

【できる】ことが増えるって、こんなに嬉しいことなのか…と
夜寝るときに、またしみじみと思いました。

囲碁クラスの帰りに、クラスの人たちと、こんな話をしました。

私たちが囲碁を勉強して、できない理由を考えて、
少しでも努力して頑張ったことに対して、
指導してくださる先生たちが、本当に喜んでくださるのが伝わるね…って。

そして、私たちも囲碁を勉強する事、囲碁を上手になることで
先生たちを喜ばせたい…という気持ちが、でてくるよね…って。

だから、みんなが初段になるまで、一緒に頑張ろうね…って。

私は、すぐに初段になるのは、まず、きっと無理ですが ^^;
目標として、いつかは初段をとりたいと思っています。

いつになるか分かりませんが、
初段をとれるように、ゆっくりと楽しく囲碁を続けて
仲良しの友人を沢山持ちたいと思います。

学びたい事があったら、いつ始めても、けっして遅くはない…
そんな学びがあったことを、とても嬉しく思っています。

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ルミネ THE よしもとに行ってきました!

今日は、妹と姪っ子といっしょに、よしもとに行ってきました。

そして、久しぶりに大笑いしました。

今、TVに出ている旬の人たちが沢山出演していましたが、
心から楽しんで仕事をしている人ばかりではなかったのが
印象的でした。

誰もが知っているような有名な人の中にも、
疲れてみえる人がいて、意外でした。

自分が満足することと、人に認められることは
違うのかもしれない…なんて考えたら、
ちょっと気の毒になりました。

けれども、
みんなの前に出て、お客さんと一緒に楽しんで
笑って芝居して…という人は、本当に面白かったです。

前にいる人を、自分に巻き込んでいく力、
自分の中に引き入れて、思う存分楽しさを共感する力…

それは、漫才の人だけではないように思いました。

私も、こんな風に楽しい世界に、人を巻き込める人になりたいなぁ~…
そんな風に思いました。

楽しさの世界に巻き込むことが出来る人…
いいなぁ~…

ソウイウモノニワタシハナリタイ!

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夏バテの続き

今年は、特に暑さが身に沁みます。

汗をかいて、水分をとって、また汗をかいて…の
繰り返しです。

年を重ねるたびに
身体が繊細になっていくような気がします。

ちょっとのことで、
体調をくずしたり、また元に戻ったりの繰り返しです。

ヨガを教えているのだから、
とても健康だと思われているのですが、
実は、身体が変化を感じやすく、コントロールすることが
難しいのです。

人の身体と比べずに、自分の身体を良く観察して
じっくりとこの夏を過ごしていこうと思います。

今日は、夏バテなので、このへんで… 

また明日かきますね!

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人に振り回される人生。

今までは、人を振り回して生きてきた私ですが、
最近は人に振り回されて生きています(笑)

人というと、漠然とした表現ですが
深い付き合いの人も、浅い付き合いの人も、
通りすがりの人に至っても、振り回される人生です。

でも、振り回されている自分が、意外にしっかりしていて、
大丈夫な気がするから、不思議です。

う~んと、力を抜いて振り回されると
なかなか良い感じかもしれませんが、
まだまだそこまでは出来上がっていませんから、
立て続けに振り回されると、疲れますけどね。

そうそう…こんな感じです。

昔々、遠い昔、
ある場所で集まって騒いでいたときに、
男性の友人に柔道の背負い投げをされたことがあります。

今よりも、ず~っと軽くて若くて、身体も柔らかかったので
すこ~んと投げ飛ばされました。

投げられたときに、空を飛んだと思いました。
なんて気持ちが良いのか~!…と思いました。
背負い投げされる感じも悪くないぞ…と思いました。

その時は、自分の力が抜けていたから、
気持ちよかったのだ…と今は思います。

振り回されるのも、それと同じかもしれない…と思います。

自分の力がすっかり抜けて、
相手の力に預けて、完全に降参してしまうと
違う世界に飛んでいって、楽しくなるのかもしれません。

そこまで行けば、達人ですけれどね。

そういう訳で、どうせ振り回されるなら、
上手に力を抜いて振り回されて生きていきたい…と
思っています。

一人ぼっちでコマみたいにブンブン回っているよりも
ず~っと淋しくないし、楽しいかもしれません。(笑)

今日は、夫も私もかなり夏バテ状態なんです。

夫が帰ってきて、ひとこと『疲れた~!』と言うので
ラベンダーのアロマをお風呂にいれてあげました。

お風呂につかって、リラックスが一番。

久しぶりに、銭湯に行きたい気分です♪

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誰かと一緒なのは安心です。

私は、寝ることばっかり書いていますけれど…

この間、ある新聞の投稿欄に
『朝、早く起きなければならないので、毎日眠くてたまりません。
午前中に、もう一度寝ても良いのでしょうか?』…という質問が
掲載されていました。

あ~! 私のことだぁ~!…と思って読んでみると…、

質問された先生は、寝不足ならまた寝ても構いませんよ…
寝不足を解消することが、大切です…と答えていました。

朝、6時半くらいに夫がでかけて
7時から8時半くらいまで、二度寝することがあります。

その事に、なんだか罪悪感を感じていたので、
随分と助けられたような気がしました。

誰かと気持ちを共有したときに感じるホッとする感じ。

全然知らないひとなのに、ちょっと話がしてみたいなぁ~…って
思いました。

自分だけが、辛いと思っているときに
同じことで悩んでいる人がいるのを知って
何故だか、ちょっと自分を客観的に見られて
気持ちが楽になることって、ありませんか?

私って、こんなことを困っているんだなぁ~…なんてね。

それで、私は自分を大切にするために
これからは、堂々と二度寝することにしました。

自分を良いように肯定するのが、だんだん得意になってきましたね (笑)
果たして、これは良いことなのかどうか…疑問です!

今日は、ヨガを教えた帰りに実家に寄ったんですけど
知らない間に、30分くらい寝てしまいました。

実家って、どうしてあんなにくつろいで眠くなるのか、不思議です!

それで、ゆっくりし過ぎて急いで帰るときに、思わず母に
『行ってきま~す』と言ってしまいました。

母は、『行ってらっしゃ~い!』と言って笑っていましたが、
なんだか変な感じでしたよ。

実家って、やっぱり不思議です。

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ホッとする時間に考える事

朝早く起きなければならないのに、
私が一番ほっとするのは、午後10時~11時くらいの間です。

たぶん10時半に寝たら、朝の5時に起きるのも
そんなに辛くはならないと思うのですが、
一日が終わって、夫が寝てしまった後の時間は、
ひとりで自分のことを考えたり、いろいろ自由なことができるので
一番ホッとする時間です。

一日にあったことを振返って、日記を書いたり
ブログを書いたり、これからのことを考えたりします。

勤めているときは、金曜日の夜がこんな感じだったかな。

最近は、金曜日の夜に感じていたことが、
毎日の10時からの時間に変わったようなそんな気がします。

頭の隅っこに、いつでも夫や義母や実家の母のことがあって
それから、自分の仕事のことがあって、
自分の役割ごとに自分の振舞い方が変わってきます。

それはとても自由なことで、自分でその振舞い方を
決めることができるのだけれど
何か決められた枠の中で動いてみたいような、
不思議な気持ちになることもあります。

人から与えられた役割は、演じることが簡単で
その役割からはずれた時間には、着ぐるみを脱ぐみたいに、
あっという間にワガママな自分に戻る事ができます。

会社にいたときには、会社から帰る1時間くらいの間に
自由な私に戻ることができたけれども、
今は、ほとんどが私が私自身のままでいるので
どこで自分が別の私に切り替わってよいのか分からずに
オロオロしていまいます。

仕事をしているときでさえ、私自身でいることができるので
いつでも、自分から自分を新しく作り出す必要があります。

ときどき、私の個性を出さなくてもよい場所で
ちょっと息抜きをしてみたいような気がします。

これは、自由に仕事をしている私のワガママかもしれませんね。

また、明日から一週間が始まりますね。
私のダイアリーは、月曜始まりです。

毎日が新しく、そして幸せな1週間になりますように。

昨日から、セミが大きい声で鳴き始めました。
いよいよ夏本番ということですね。

今日は暑かったけれど、家の外にいた方が、
風が涼しいような気がしました。

だんだん、暑いのも寒いのも苦手になってきました。

やれやれ!…かと言って、秋になると淋しいしなぁ~。

ちゃんと、今を楽しみたいと思います。

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何故捨てることができないのか?

月に1度、【捨てる!技術】という本を書かれた【辰巳渚さん】の
すっきり片付け実践講座に通っています。

全部で6回なのですが、今日で4回目が終了しました。

次回は、キッチンをすっきりと片付けるという課題がでたのですが
その課題を行う際には【捨てる】ことに意識を向けるというテーマに
なりました。

何故捨てられないのか… 

もちろん、一人ひとり、違った理由があると思いますけれど
辰巳さんがおっしゃった『物との関係性』というキーワードが
とても心に留まりました。

私は、何か手に入れるときに、良く考えて選んだものや
そこに思いがあるものは大事に使うし、
使い切ったときに、捨てることに対してあまり執着をしません。

『有難う!』と言って、捨てることができるような気がします。

今、机の引き出しに、昔子供の頃に母に買ってもらった
ペーパーナイフが入っています。

黄色の柄の部分に、小さい阿古屋貝の中に真珠が一粒入っています。

私は、このペーパーナイフをもらったときのことを、不思議ですが
つい昨日のことのように覚えています。

そして、色々な場所に引っ越しても、必ず机の引き出しに
入っていて、ず~っと私と一緒にいました。

もしも、このペーパーナイフが壊れて使えなくなったら
『長い間有難う!』と言って、少しも迷わずに捨てる事が
できるような気がします。

最初の出会いが、とても大切なんだなぁ~…と思います。

何気なく買ったもの、その場しのぎで買ったものは
自分と物との関係が密接ではないので、
どう扱って良いのかわからなくなってしまうのかもしれません。

そして、使わないでいることは、無関心だということかもしれない。

じっくりと、考えて明日からキッチンの整理をすることにします。

もちろん、何も考えずに捨てられるものもあるでしょうが、
もしも捨てられないものが出てきたら、自分を発見するつもりで
自分の気持ちを深く味わってみることにしてみます。

ちょっと楽しみな気分です。

そうそう…もちろん、
最終ゴールはすっきりと片付くことなんですよ!

それも、とっても楽しみです♪

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刺激と反応の間にあるもの

以前、坂東玉三郎さんが太鼓の鼓童の人たちに話していたことです。

随分と、うろ覚えなのですが…

何か刺激があって、反応するときに
その中間にあるものがとても大切だ…ということ。

刺激があって、それから反応する(形になる)途中の通り道に
表現するものがあるのだ…といったような話だったように思います。

その中間にあるものを、大切に味わうことをしないと
無味乾燥なものになっていくような気がします。

人、それぞれの個性と言い換えることができるかもしれない。

最後の反応が隣の人と同じだとしても
それを通ってくる道筋が違うことを知らないと
とても独善的な判断や、思いやりのない言葉を発してしまう。

同じだということに安心しているだけでは
真の関係を作る事ができないかもしれない…。

誰かと同じ結果がでたとしても、
その結果を導き出すときのプロセスが違うことを、大切に…と
いう気持ちを、いつも持てるように…

心の奥のほうで、一人ひとり、自分だけの表現を忘れないように…

今、そのことをとても大事にしたい気持ちがします。

その気持ちを、大切に育てたいような気持ちがしています。

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就活と婚活について。

就活と婚活は、よく似ているように思います。

就職できる会社も1つだし、結婚相手も1人。

自分が相手を好きになるよりも
相手が自分を気に入ってくれる方が成功率が高いというところも同じ…

自分の身の丈でいられる相手を探した方が(長い間付き合うならば)、
気楽というところも同じ。

ただし…
最高の相手を探し続けると決めて、(ステップアップするために)
もしかしたら、疲れてしまうかもしれないけど
自分が背伸びをして無理して相手に合わせて
頑張ってみるのもありかな…と。

それから…
とりあえず、今それを望んでいるなら、
今の自分の状態で決めてしまったほうがよい…というのも
同じだと思います。

もう少し、力をつけてから…とか
もう少し、何かできるようになってから…と言わず、
今の自分で腹をくくって、目の前にあるものに飛びこんでみるという
【ご縁もの】という観念も同じ。

どこかで、読んだ話です。(出展がわからなくてごめんなさい)

決断は、そのとき一瞬で決めるものではなくて
小さい決断をしてきた延長線上にあるという…こと。

今、決めなければならないことも
もしかしたら、10年以上前に決めてきたことの延長線上にあるのかも。

今、あなたの目の前にある会社や目の前にいる相手の人は
長い時間をかけて、あなたの中の価値観で色々と淘汰されて、
ようやく現れた人かもしれませんよ!

どうでしょう?
この考え方には、説得力がありますか? (^0^)

今日、図書館に行く途中で、
(私の家から、20メートルくらい先にある出張所で)
囲碁をうっているおじいさんが沢山いるのを見つけました。

みんな70代くらいかなぁ~…。
とっても、楽しそうでした。

おばあさんがいなくて残念だったんですけどね。

今までもそこでクラスがあったのだと思うのですが
全然見えなかったものが、見えてくるって不思議ですね。

自分の意識を広げると、出会いが増えてきそうです!

良い意図を持つと、良いものを惹きつけそうですね♪

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【自分】に満足すると、そこから良い連鎖が始まる。

成功した人、または成功に向かっている人は
今の自分に満足しているように見えます。

自分が既に充分に持っていることに、気づいているので、
人に対して惜しみなく与えることができるように思います。

だから、
他人の持っているものを、奪い取るようなことはありません。

満足しているので、呼吸もゆったりとしていて、
一緒にいることがとても気楽です。

お母さんからおっぱいを充分に飲んでニコニコしている赤ちゃんと
一緒にいるような感じに似ているかもしれません。

その心持ちは、すぐに伝染していきます。

瞑想の先生が、私たち生徒に向かって
『もう与えるものは全て与えた…』とおっしゃったことがあります。

私たちが、自分の不足分を先生から奪い取ろうとしたのだ…と
今になれば思います。

自分の中にあるものを、信頼する…ことを、教えようと思われた。
今の自分に満足することを、教えようとされた…のだと思います。

世の中には、要領の良い人がいて、
みんなが集まって、最後にちょっと残り物があったときに
一瞬で一番良いものを見分けて、それを持っていく。

当然のように、いつでも自分が一番良いものを
持って帰っていく。

本人は、こっそりとさりげなくやっているつもり。
でも、ちゃんとその行為は見られている…のです。

外側でどんなに立派なことをしていても、
そういう小さい裂け目から、上品さが水漏れしていく…。

誰も面とむかって、その事を言わないけれど、
実は、その人のやり方に誰もが気づいている…。

怖いでしょう~!(笑)

自分の中にある、ちょっとした足りない気持ちや
人の持ち物をうらやむ気持ちを見つけたときに
その根っこにあるものを、見なければ…と思います。

なかなか、難しいことですけれどね。

心の中の満足感に触れて、いつでも赤ちゃんのように
笑っていたい…と、強く強く思います。

今のままの自分で、充分だ…と思うと、
それが隣の人に自然に伝わっていく。

これは、まさしく喜びの連鎖ですね♪

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負の連鎖をとめる。

昨日書いたことを、今日また考えていました。

私の小学校の先生は、
自分が子供の頃に(特攻隊はとても若い年だったそうですから)
上官に与えられた価値観を、そのまま私にぶつけたのかもしれない…と。

誰かが、自分に対して負の価値観をぶつけたときに
相手がその価値観を誰に、どこからもらったのかを考えたら、
負の連鎖はとまるのではないか…と。

人から与えられた打撃を、簡単に他人にパスするのは、
その行き先について何も考えないからではないか…と。

私は、自分が人に何かしらの影響を与えて生きている…ということを、
今まで、そんなに真剣に考えてきませんでした。

けれども、人は生きている限り、お互いに影響を与え合っている…

自分の言葉や、動作や、考え方に、現実に目の前にいる人が
何かしら影響されている…と、深く思うようになりました。

そして、全ての始まりは自分に向ける言葉から始まるのだ…という
発見をしました。

自分から負の連鎖の出発点にならないように…
自分自身をおとしめる言葉を、自分に言わないように…

まずは、自分への言葉がけ次第なのだ…と。

自分の言葉が自分を励まし、勇気付けているかどうか…、
いつも気をつけていたいと思います。

自分の心が平和になれば、負の連鎖はやみます。
自分のまわりの世界を平和にするのが『初めの一歩』です。

負の連鎖を断ち切るのは、自分から…と決めて
また、明日から途切れない修行を続けたいと思います。

今日は、囲碁クラスで会食をしました。

航さんの弟さんがオーナのダイニング・さんさんに行きました。

お食事も美味しくて、話がはずみました。

その中で、『初段をとる会』の結成がおこなわれましたが(笑)
王先生が、『上手になることよりも、楽しいかどうかが
とても大切です。自分らしい囲碁がうてるかどうかが、
大切です。』と言われました。

本当に…そうですね。
良い仲間と一緒に楽しく自分らしさを表現できる場所を
沢山持てたら、人生は本当に幸せです。

楽しく、私らしく、囲碁をうつことが出来るために
一歩一歩仲間と一緒に、頑張ろうと思います

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自分の評価を下げる。

自分の身の丈を生きることをあきらめる…
その始まりを、私は良く覚えています。

それは、他人からの評価で始まることなのだ…ということも。

たいていは、子供のときに始まって、
本当の自分の中の気持ちとよじれていきます。

そして、そこからまた自分の身の丈に戻るために
とても長い時間を生きなければならなかったりします。

その一番最初のときのねじれを、私は、はっきりと覚えています。

小学校の高学年のときの先生は、
若い頃、海軍にいて特攻隊だったというのが、自慢でした。

私は、とても大人びたところと、幼いところを持った子供でした。
甘やかされて育ったので、一人でできないことや分からないことが
沢山ありました。

小さい頃の私は、集団で動く事が苦手で、(今でもそうかな?)^^;
先生は、私が自分のペースで動くことが、
全く気にいらなかったのだと思います。

たぶん、先生は、そういう私のことを鍛えようと思われたのでしょう。

5年生になって、その先生に変わってからの初めての通信簿で、
体育の成績に、5段階評価の2をつけられました。

父も母も、そのことに驚いて、私に何があったのかを聞きましたが、
私にも理由がわかりませんでした。

今考えれば、
たぶん、人と一緒に同じ事を揃ってやることができない…という
それだけの理由だったように思います。

そして、それは先生からの罰だったのだと思います。

子供の直感で、先生はキビキビしてない人を、許さないんだなぁ~…と
思いました。

自分は、人と比べて足りないのかなぁ~…と思いました。

それから、みんなと一緒に行動することや、頑張ることを
努力しましたが、結局今になってみれば
子供の頃の自分とちっとも変わっていないような気がします。

だって、今はゆっくりと個人のペースで動くヨーガを教えていて、
日常だって、ちっともキビキビした団体行動をとることができない。(笑)

人生に無駄なことが一つも無いとすれば
あの先生に出会ったことも、きっと大事なことだったのだと
思いますが、どうかな?

何を学んだのかな?

そう考えると、あのときの先生を、いつまでも怒っていては
いけないような気持ちがします。

私も、あの先生と同じように、
自分の価値観を人に押し付けて生きてきているのかも
しれません…

そう思うと、姿勢が伸びる心持がします。

学びに変えることができるなら、何一つ無駄なことはない…

大人になってから気づいたとしても
人生を新しい視点で、新しく生き直していくための
きっかけだったのかもしれませんね。

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自分をコアを強くすること。

『悪い癖をやめるにはどうすれば良いでしょう?』という質問で、
瞑想の先生が、答えた言葉は…『良い習慣をひとつ加えなさい!』でした。

私は、毎日コツコツと何かを長期に渡って行う…というのが、
本当に苦手です。

ですから、コツコツと続けられる人を、一番に尊敬します。

そのことについて、
瞑想の先生が、ヨーガの修行(例えば瞑想など)を
習慣にする方法として、何度もおっしゃる言葉があります。

『3つのS』というのですが、ここでは日本語で…

①具体的で、
②シンプルで、
③現実的なものを、
一定期間実行しなさいという、言葉です。

これは、修行についておっしゃっているのですが
何かの習慣を身につけたい…と思うときには、とても役にたちます。

①具体的→何をするか明確ではっきりしていて、
②シンプル→単純で難しくないこと
③現実的なもの→常識的に考えてできそうなこと

たとえば、ハタヨーガのストレッチの習慣だったら、
夜寝る前に、お布団に入ってから、
膝をたてて身体をねじることを、
左右に3回ずつ行う…みたいな感じでしょうか。

私は、クラスの生徒さんに寝る前のストレッチをすると
とてもいいですよ…と話しますが、
本当にそれを取り入れている人は、驚くほど身体が変わっていきます。

すぐには目に見えなくても、長い時間続けると言うことは
確実に大きな支えとなることが多いように思います。

それと、もうひとつ、習慣をつくるという事からは
少しずれることかもしれませんが、
毎日やっていくことで、何か形になるものを残す…というのも
自分のコアを強くする良い方法だと思います。

25年前に、3ヶ月間毎日15分だけ、刺繍をする…ということを
続けたことがあります。

ピーターラビットが人参をかじっているところを、沢山の色の糸で
刺繍したものです。

15分以上は絶対にしないで、きっちり15分だけ行うという
自分への約束でした。

そのできあがった刺繍は額にいれて、今も玄関に飾ってあります。

そして、それは目に見えない特別なメッセージを、私に対して
伝えてくれているような気がします。

毎日続けられた自分を思いだす気持ちかもしれません。
その自分を敬うような気持ちかもしれません。

さてさて…
実は、私は夫のセーターがあみかけです。

バレンタインデーが近くなると、セーターを編もうと思っていたのですが
今年はようやく、少し編んだところで、もう春になってしまいました。

そこで、こっそりと編みかけのセーターがあります。

来年こそは、このセーターをプレゼントしたい…と思っています。

このブログに書いてしまったので、
明日から、毎日必ず15分ずつ編んでいこうと思います。

やりかけの仕事を終わらせるのも、自分を強くしますからね…
頑張ります♪

今日は、夕方に夫と二人で出かけたら
大きい虹を見ました。

東京中で見ることができたのでしょうか…
あんなにくっきりと大きい虹は、生まれて初めてでした。

何か良いことが起こるのでしょうか。

楽しみにして、待つ事にしましょうね♪

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許されているという気持ち

今、私が仕事をする上で、とても大きいテーマのひとつが
『成長すること』です。

そんなことを思って、
昨日から、人が、どんなときに成長するのかを考えていました。

そして…
『自分が人から許されている』と思えるとき…だと思いました。

今の自分の在り方を、
今の自分の気持ちを、
今の自分の考え方を、
今の自分の全てを、…。

そして、また『自分が自分を許している』と思えるときにも
成長しているのだ…と思いました。

私は、何でも許してくれる父と、とても厳しい母に育てられました。

父は、私が何か間違ったことをしても、
必ずそこに理由があったのだろう…という気持ちで
話を聞いてくれました。
それは、どんなときでも父が私の味方だ…ということでした。

それとはまた違う視点から、
母は、まず私がその過ちを認めて、
相手に対して素直に『ごめんなさい!』を言える事が
一番大事だと私に教えようとしました。

母からは、自分の気持ちを大事にするよりも
相手の気持ちや、相手との関係を大切にしなさい…と
言われているような気がしました。

今、思うと、父も母も、許すこと、許されることについて、
教えてくれていたように思います。

その両方を、同時に自分の中で感じるのは
小さい頃の自分にとっては、とても難しいことでしたが
今、大人になってみると、どちらも大切だったんだなぁ…と
思えるようになりました。

自分に厳しすぎず、自分を甘やかさないことの
バランスの取り方が上手にできると、
人との関係がギスギスしないで、しかも自分らしく自由な気持ちで
生きていけるのかもしれないなぁ~…と思います。

子供のときに、親から言われたことは
なかなか消えずに残りますけれど、
大人になってから、それはどういう意味だったのかを
考えると、また違う気持ちになりますね。

自分の子供がいると、自然に振返ることがあるのかもしれませんが、
私は、子供がいないので、こうやって子供の時代を
もう一度振返って、生き直しているような気がします。

今日は、論理思考クラスでした。

ハタヨーガの本質について、考えてみました。

また、時間のあるときに、シェアしますね。

自分としては、本質をみつけられて、とてもいい心持ちなんですよ。(笑)

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えんどう豆の上に寝たお姫様

アンデルセンの童話に、えんどう豆の上に寝たお姫様という
お話があります。

私の父は、私が子供のころ、夕食で、お鍋をつつきながら…(笑)
色々なアンデルセンの童話を話してくれました。

その中でもお気に入りの話です。

嵐の夜に、みすぼらしい姿の一人の女の子がお城に泊めてください…と
やってきます。

息子の王子さまにお嫁さんを探していたお后さまが、
この少女が本物のお姫様かどうか試す為に、
ベッドの一番下にえんどう豆を一粒置き、その上に敷き布団20枚、
そのさらに上に羽根布団を20枚のせ、女の子を休ませます。

翌朝、『寝心地は如何でしたか?』とお后さまが聞くと、
女の子は『何かがゴロゴロして、身体中にあざができてしまって、
ちっとも眠れませんでしたわ。』と答えます。

お后さまは、きっとこの女の子は、本物のお姫様に違いない…と言って
王子様のお嫁さんになります。

それで、めでたしめでたし…というお話です。

久しぶりに、このお話を思い出したのには理由があります。

囲碁のクラスで、『決めうち碁』を覚えていく宿題が出ました。

置いている石を①から順番に覚えていくのですが、
何度も繰り返さないと、なかなか覚えられないわけです。

それで、布団の中まで、折りたたみの囲碁盤を持ち込んで、
一生懸命に覚えていたのです。

朝起きて、布団をたたもうとしたら、敷き布団の上に
白の碁石がひとつだけ落ちていました。

もちろん、碁石は小さいし、私は本物のお姫様ではないので、
寝ている間に気づくことはありませんでした。

それで、小さい頃に読んだこのお話を思い出したわけです。

本物のお姫様が、王子様と結婚して、うまくいったかどうか…
疑問が残ります。

こんな神経質なお姫様が、結婚という現実を受け入れることが
できたのだろうか?(笑)

子供の頃には、そんなことちっとも考えずに、
お姫様の話を読んでいたのに…
こんな事を考えると、なんだかつまんなくなっちゃいますよね!

今朝、雨が降って、庭の草花が生き返りました。
あ~! 良かった。良かった!

今、窓を開けていると、ちょっと寒いくらいです。
今日は涼しいので、グッスリ眠れそうです。
そう考えると、とても幸せです♪

…なんて、言ってますけど、
私、眠れない…ということがありません。

年をとったら、眠れなくなりますよ…と義母が言いますが、
本当かしら?

あんまり寝なくてもすむとしたら、やりたいことが一杯あります。

年をとってからできることは、眠れなくなった時のために
大事にとっておこうと思います。(笑)

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意図をもつこと

私は、人と一緒に動くときに、
共通の意図をもつことがとても大切だと思っています。

例えば、
ハガヨーガクラスの前に、全員で呼吸を合わせて
『安全な場を意図する』ということを、毎回必ず行います。

ヨーガというのは、優しくて柔らかい運動だと思われている方も
いるかもしれませんが、エゴで身体を動かすと
筋肉や骨を痛めることがあります。

エゴで身体を動かすという言い方は、あいまいですが
たとえば、自分の身体の持つ許容量以上に動かすことです。

『これ以上曲がらない…』と身体が悲鳴をあげているのに
足を曲げたりすると、当然、怪我をするということです。

意図と言っても、決して縛るものではなくて
自然にみんなが心地よく動くための指標という感じでしょうか。

『安全な場を意図する』ことで、心の深いところに
杭を打つような感じ。そのフィールドで動こうね…って
約束する感じかもしれません。

クラスが始まると、
先生としての意図や、生徒としての意図があります。

それぞれの意図がいろいろな視点で、様々な状態で自由に存在するとき、
お互いの意図に対して祝福しあう立場を取るとき
クラスが心地よく大きい存在へと創造されていくのだと思います。

人数が多いヨーガクラスの方が
大きい想念が動くので、先生は注意深くいなければいけません。

けれども、その想念が善いものとして、相乗効果をあげたとき
最初に意図したものよりも、一人一人が得るものが
何十倍もの結果として、現れることがあります。

一人ひとりの意図が、純粋で他の人の意図を助けるようなものとして
存在することが、大切なのかもしれませんね。

お互いに成長を促す場として、育ちあう場として
クリスタルクリアのヨーガクラスが存在するように…というのが
私の意図のコアにあるものかもしれません。

子供みたいに一杯笑って、一杯ゆるんで…という、
その気持ちもとても大切ですけれどね…(笑)

さっき、10秒位の間、パラパラと雨が降りました。

窓を開けて、ブログを書いていたら
涼しい風が一瞬、部屋の中を通り過ぎました。

祝福されているような、優しい気持ちになりました。

また、明日も皆様にとって幸せな一日でありますように!

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平和な気持ち。

ハタヨーガのクラスの後で、
生徒さんの顔を見ると、みんな一様に、
穏やかで優しい顔をしています。

入ってきたときには、
疲れて緊張している顔をしている人が多いのですが、
帰りには優しい美しい表情をしていて、つい見とれてしまいます。

顔の造作は変わらないのに、不思議だなぁ~…と思います。

そして、その奥底にあるのは、平和な気持ちだと思います。

親からもらった顔の造作/顔立ちは、整形手術でもしない限り
変えることはできませんが、いつも感じている気持ちによって
顔つきは変わるんだろうなぁ~と、当たり前のことなのでしょうが
つくづく思います。

私は、美人ではないので… ^^;
平和な気持ちをいつも持とう…と思います。

そうすれば、気持ちのいい顔をしている人になれるかもしれない。

意地悪なことばかり考えていると、きっと嫌な顔になるんだろうなぁ。

いつでも、揺らぐことのない、平和な気持ちが欲しいと思います。

人と争う事がなくて、自分の身の丈で満足していて…
あとは、何だろう?
そうそう…愚痴を言わないで、妬みの気持ちがなくて…
人のせいにしないことでしょうか。

あ~!あ~! 

ソウイウモノニ ワタシハナリタイ!

今日は暑かったですね。
でも、梅雨が終わったから、風が吹いて気持ちが良かった!
洗濯を一杯して、掃除もして、汗をかきました。

さっき、首の後ろを触ったら、アセモが出来ていました。

これで、スイカがあって、入道雲がでていて
セミがミンミン鳴いていて、
朝顔の観察日記なんて書いていたら、まるで
小学生みたいじゃないですか?!

う~んと小さい頃、ようやく歩けるようになった頃、
私、ワカメちゃんみたいな髪型だったんですよ。
首に天花粉をつけてもらった!


アセモからいろんな事を思い出したなぁ。
なんだか、幸せで笑っちゃいますね!

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一人になって考える!

私は何か事が起きると、一人になって考えたい…と思います。
これは、性格に起因することが大きいような気がします。

うろ覚えですが、こんなことを聞いたことがあります。

猫は病気になると、人から離れて、自分でじっとして治すけれど
犬は、誰かのそばにいて、治してもらおうとする。

私は、完全に猫です。夫は犬ですね。(笑)

けれども、
自分のことは、一人になって考えても分からないんじゃないか…と
最近、思うようになりました。

人との関係性のなかで、自分のことが分かってくるのだ…と。

結婚する前には、会社がお休みで、どこにも出かけなければ
一日中誰とも話をしないことが良くありました。

自分が何を感じているのかは、分かるけれど
それを表現する場がないので、よっぽど注意深くしないと
気持ちはすぐに消えてしまって、形にすることができない。

そして、そのうちに、自分が何を感じているのか
分からなくなってしまう。

誰かと一緒に暮らしたり、仕事をすることで
自分の役割があって、その役割ごとに視点が違ってきます。

ひとつの事を見るときに、相手との関係性で色々な見え方ができる。

自分は、いつも同じ感じ方や考え方をするわけではない…と
気づくことが出てきます。

そして、人に巻き込まれずに、自分の立場や視点で、
自分らしく自由に感じたり、表現できるような練習を重ねていく。

…とは言え、
色々な役割が重なると、全てを放り出して、一人になりたくなる…
そんな気持ちもよく分かります。

そこで、放り出すか、放り出さずに自分で折り合いをつけていくか…
どちらでも構わないのですが、怖い事をひとつ言うと
今放り出したテーマは、解決しない限り、必ず後からやってきますよ。

一寸見、形は違ってもパワーアップして現れたりします。(笑)

でも、たいてい自分も成長しているし、少し賢くなっているので
大丈夫なんですけどね…。

さてさて、どちらの道を選びますか?

今日、梅雨があけました。本格的な夏到来です!

でも、熱帯夜は辛いですね…。

爽やかな高原の朝…みたいに、目覚められたら良いのに…と
思います。 

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お弁当を工夫する。

私は毎朝5時15分に起きて、夫のお弁当を作ります。

疲れている時には、御願いしてパスすることもありますが
なるべく頑張って毎日作るようにしています。

今までのお弁当箱は、平な真四角の形でしたが
『野菜を沢山入れて!』と言われて、私が使っていた二段重ねの
お弁当箱に変えました。

なるべくお魚をメインに、野菜も緑・黄色・赤の三色をいれて
カラフルなお弁当を作っています。

幼稚園で年少さんの先生をしていたときには、
2個のお弁当を持っていきました。

ひとつは、子供と一緒に食べる為の小さい小さいお弁当。
一口で食べられるようなおにぎりやサンドイッチがメインです。
後は、フルーツが入っているような感じです。

それから、子供が帰ったあとに、ゆっくり食べるお弁当。
そんなに沢山の量はないけれど、見た目よりも内容重視のもの。

幼稚園でお母さんが作るお弁当は、なかなか凝っていました。
プチトマトは、暖めると破裂しちゃうんですよね…。
いろんなことを思い出します。

同じおにぎりでも、コンビ二に売っているおにぎりは
不思議なもので、すぐにお腹がすきますね。

やっぱり、手作りのものには、作った人の愛情が入っているから
身体にとって、良いものになるのでしょうね。、

瞑想の先生がおっしゃったのですが
私たちは食べ物のバイブレーションを食べているそうです。

ですから、ヨガの道場でも、病気の人や怒っている人は、
食事を作る事ができませんでした。

心も身体も健康でなくてはいけないということですね。

明日も、早起きして、美味しいお弁当を作ろうと思います。

明日は、カジキマグロのムニエルと、ブロッコリーのサラダ。
黄色ピーマンを軽く焼いて、プチトマト。小松菜のおひたし。
それに、デザートにさくらんぼを入れましょう。

プンプン怒らないで、優しい気持ちで作れるかな?(笑)

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後手にまわる!

囲碁の中で使う言葉は、日常でも良く使われます。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
ごて 【後手】
大辞林 第二版より
(1)囲碁・将棋で、あとから着手する人。後手番。
(2)相手に先を越されて、受け身の立場になること。
    人より立ち後れること。
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

昔は(若い頃は…)計画通りに進めていくこと、期限を守ることは
そんなに難しいことではありませんでした。

ところが、最近は自分で期日を見越して順番にやっているつもりでも
どんどんと用事が増えてしまい、最初の期日に間に合いません。

用事と言っても、私自身のことではなくて、
義母がお盆にお寺にいくときに一緒に車で行くことだったり、
実家の母のところに行って、チャチャっと帰ってくるつもりが
突然銀行に行く用事を頼まれたり…
夫が物を失くして、家中を探す羽目になったり…

まわりの人の事柄が、わぁ~っと押し寄せてくる感じなのです。

自分じゃなくても大丈夫なことは、
誰かにやってもらえると良いんだけど…と思いつつ
頼まれると断れない私。 ^^;

それなら、
『【先手をうつ】っていうことを実践すれば良いんじゃないの?』
…ということになりますが、

囲碁では黒番で先手をうつと、六目半(碁石6個と半分)だけ
相手にあげなくちゃいけないのです。

…ということは、
やっぱり余裕があるって事になりますけど、
六目半は既に負けているわけですからね。

どっちが良いのか分からなくなってきますね。

でも、私は、本当に心から後悔しているのです。

後手に回らない自分になるにはどうしたら良いか?

クヨクヨと後悔して、成長しなければいけませんね!

こんなに言い訳なんかしてちゃ駄目ですよね!

ちなみに、『駄目』も囲碁用語ですよ。ご存知でしたか?(笑)

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

沢山のさくらんぼを母からもらいました。

そして思う存分食べました!

写真がなくて残念ですけど、本当に美味しかったです♪

まだ1ケース残っています。

ですから、また明日、思う存分食べます♪

幸せで~す!

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自分のまわりに、大切な人が沢山いる人生。

Ever since I was born,

Daddy has been the best father you can ever imagine,

And I just wanted to say I love him so much.

マイケル・ジャクソンの長女のパリスちゃんが、
コンサートの最後に泣きながら言った言葉です。

『私が生まれてからず~っと、
パパは、どんな風に考えたとしても最高のお父さんでした。
すごく愛してるって、ただそれだけを言いたかったんです。』

私も、父が若くて元気なときには、
父が亡くなることなんて考えてもみませんでした。

そして、自分からすごく愛している…なんていう事を、
父に対して伝えることなどありませんでした。

失ってから、そのかけがえの無いことに気づいた…
彼女の気持ちを、自分の気持ちのように感じていました。

先日、聖路加の講座に行ったときに
前回の担当の教授が愛について話をしたそうです。

愛する人がまわりにたくさんいることが、
幸せだ…ということを、話されたそうです。

『愛するって具体的にはどういう事なのでしょう?』…と
その講座を伝えて下さった先生に伺ったら、
『大切な人を増やすこと』…とおっしゃっていたとのこと。

前にも書いたことがありますが、
昔の日本には『愛』という言葉がなかった。、
だから、『大切』という言葉を使ったのだということ。

言葉で、愛しているということを言われていなくても
大切にされていれば、愛されている…という事が
ちゃんと分かるということですね。

大切な人がまわりにたくさんいる人生を生きている人は
自分のことも、大切にできているような気がします。

瞑想の先生が話してくださった天国のスプーンの話。

天国の食堂は、たくさんの人が柄の長いスプーンを持って
向かい合って座っています。

柄がながいので、自分の口には届きません。

向かい側の人に、長いスプーンで食べさせてあげると、
今度は、その人が自分に長いスプーンを差し出すそうです。
そして、交互に食べあっていく。

自分のまわりに大切な人がたくさんいる人生の事を考えていたら、
このお話を思い出しました。

これからの人生で、大切な人を増やしていく…
また、ひとつ目標ができました。

Internet Explorer 8に変更したら、
写真が添付できなくなってしまいました。^^:
セキュリティが厳しいのかなぁ~?悲しいです。

しばらくは(この問題が解決するまで…)写真なしになります。
ごめんなさい。









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後悔のススメ

以前、NHKプロフェッショナルの【育ての極意】という番組の中で、
茂木先生が、【後悔することが成長につながる】という話を
していたので、ここで紹介します。

私流の理解なので、ちゃんと伝えられなかったらごめんなさい。

【反省】は、失敗をふりかえることなので、無意味!
【クヨクヨ後悔すること】、つまり、次から後悔しないように
徹底的に考えることが、適応力につながる。
それが、成長につながることなのだそうです。

眼下前頭皮質という場所が、適応力をつけるとのこと。
う~ん! むずかしいかも!

それは、一体どういうことか…と言うと
『もしこうしていれば、』と、『他の可能性を具体的に考えること』
…なのだそうです。

つまり、『やった事を振返り、後悔しつつ、もう一度考えてみること』

前は、Aを選んで失敗したから、次にBを選ぶ。
そして、そのBを選ぶときには、新しい価値観、世界観で選ぶ。
…ということなのだそうです。

つまり、後悔は未来のためにやっていることなのです。

『たとえ失敗したって、気分を変えて、また挑戦すればいいのさぁ~!』
…では、成長しないということなんですね。

何故、私が成長しないのか、分かるような気がします(苦笑)
ちょっとは、悩むんですけど…すぐに忘れちゃうので…
そして、同じ事を繰り返して、同じように悩んで…というわけです。

囲碁というのは、たぶんこのクヨクヨが大切な世界です。
どんな手を打ったか、振返って、一人で考える人が
強くなれるんだなぁ~と思います。

囲碁の先生は、私に考える事が大切だ…と、教えてくれています。

私が負けると、私が墓穴を掘ったその部分を指摘して下さって
『ここのどこが弱かったか…考えてみてくださいね』…と言われます。

そこで、私は考えるわけです。
つながっていなかったし、相手に切られていたし
危ないななめがあったし…というように。
がっかりして『やれやれ!』と思い、次はどうしよう…と考える。

脳が成長する為に、ちょっと生き方を変えてみようかなぁ~と
思っています。

新しい方法が見つかるまで、これからはクヨクヨと考えよう! 
そうやって、他の生き方を模索しよう!
たとえ、それが私らしくない…と人に言われてもです。(笑)

だって、囲碁の初段をとろうね!…って、みんなで約束したんですから。

あ~! 何年かかるかわかりませんね。 かなり壮大な計画です。
でも、楽しいから、頑張ります♪


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汗をかく。

今日は、本当に暑かったですね。

朝、仕事に行って、帰ってきて、
冷蔵庫をあけて、冷たいお茶を飲んだとたんに
ぶぁ~っと汗が流れました。

すぐにシャワーを浴びて、それからお昼ごはんを食べました。

すっきりとして心地よく、幸せな時間でした(笑)

主婦の仕事は、ひとつの部屋に留まって何かをするよりも
色々な場所を歩き回ってする仕事が多いので、
どうしたって汗をかきますね。

どこに行っても、どの部屋でも冷房がきいているというのは
普通のお家では、あまり無いことでしょう?

それに、私はあまり冷房が好きではないので、
つけても少し涼しくなったらすぐに消してしまいます。

家にいる時は、いつも汗をかいていて、気持ち悪くなると
繰り返しシャワーを浴びています。

夏のうちに汗をちゃんとかいておくと
冬になってから、あまり冷え性にならない…という話を
聞いたことがあります。

身体が、季節に対応できているということが
とても大切なのでしょうね。

今は、暑いと騒いでいますが、
会社に勤めていたときは、いつでも寒かったような気がします。

人事部にいたときには、冷房の吹き出し口の真下で
ショールでグルグル巻きになっている私を見るたびに、
経理部の部長に、『ここは秋の気配がするねぇ!』と
言われました。

総務の課長さんが、ダンボールをうまく加工して
冷房の噴出し口を、違う場所に作ってくださったけど
それでも、会社は寒かったような気がします。

今は、省エネでエコ事情だし、もうそんなに寒くはないのでしょうか。

あと、1週間もすれば、梅雨もあけそうですね。
今年も入道雲にあえるでしょうか?
今年もひまわりがたくさん咲くでしょうか?

体調を崩さないようにして、夏を乗り切りたいですね。

どうぞ、皆様もご自愛くださいますよう。

今日の1枚。

090709_2 涼しい写真は無いかなぁ~…と
思って、デジカメのファイルを
見ていたら…

こんなに涼しい花畑の写真が
ありました。

5月頃に、家の近くを散歩して
いたときに、撮ったもの。

心が落ち着く色ですね♪

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本当は、どちらでしょう?

『できないと思っているのか?』
それとも、
『本当はやりたくないのか?』

行動しないときに、どちらの言い訳を使いますか?

似ているけれど、そこには大きい違いがあることが
分かりますか?

できないと思っている人の肩をポンと叩いて
『大丈夫♪ あなたならできるよ。
私がサポートするから、やってみようよ』…と言ったら
その人から、感謝されるかもしれません。

本当はやりたくない人に、
『頑張れればやれるよ 頑張ろうよ!』…と言ったら
その人から、煙ったがれるかもしれません。

人に対しては、案外わかるのですが、
自分に対しては、どうですか?

計画をたてたのに、なかなか行動に移せないときには
この二つの区別をしてみると、案外腑に落ちることが
多いようです。

そして、やりたくないことは、どんなに立派なことでも
無理してやらないことです!
人生を、あんまり複雑にしないほうが良い…。

こんなことを考えるのは、実は…私自身が迷うからです。
やりたくないことをやった後で、後悔するからです。

ですから、
あまり偉そうなことを言える立場じゃ、ありませんね(笑)

今日の1枚。

090709 最近、駅に良く張ってある
ゴーギャン展のポスター。

『我々は何者か』
『我々はどこへ行くのか』…と
書いてあります。

これは、ヨーガの哲学/思想と
同じです。
人にとって、究極の問いなのでしょう。

ところで、ゴーギャンは、
自分のやりたいことの為に
家族を捨てて、南の島に行きました。

残された家族は不幸になったのかな?

周りの人たちのことを考えたら、絶対にできないと
思うけれど、彼は素晴らしい絵をたくさん残しましたよね。

う~む! なかなか難しいことになりますね。

そこを、考えるとまた深い話になりそうですね!

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どうやったら、愛情を形にできますか?

今日は、七夕さま。
それとは、あんまり関係の無い話ですが…

昨日、実家の母のところで
岐阜にいる妹の子供たち(母にとっては、外孫ですね)のビデオを
見てきました。

大学生や高校生の姪っ子たちが、ビデオの中では
まだ幼稚園や幼稚園に行ってない姿で笑っています。

妹や、妹の旦那さんが、ビデオを撮っているのですが
昔はその撮られている子供たちを見て笑っていたのに
昨日は、自分の子供を撮っている妹や
妹の旦那さんの心と一緒になって観ていました。

妹達が子供の成長を喜んで、可愛いと思う気持ちが
しみじみと伝わってきました。

実家の母は、こんど妹と姪っ子が来たら
見せてあげるんだ…と言っていましたけど…。

妹は良いけれど、姪っ子はちょっと恥ずかしいかもね。

でも、子供のとき、自分はこんなに愛されていた…という姿が
残っているのは、素敵だと思います。

私も、父と一緒に写っている写真がたくさんあります。
そして、それを写しているのは母ですから、
父と母に見守られていたという証ですね。

子供時代の幸せがそこにあるのだと思います。

もうひとつの話。

私の家の近くに、認知症のおばあさんがいます。
おばあさんは、おじいさんと二人暮らしです。

おばあさんは、一人でどこかに行ってしまうらしくて
警察の人が、パトカーや自転車で、そのおばあさんを
送ってきている所に、何度か遭遇しました。

近所の人たちも、よく分かっていて、
おばあさんが一人で道に出ていると、
『お家へお帰りなさい』と声を掛けてあげます。

今日、夕方おつかいからの帰り道に
おじいさんとおばあさんが散歩しているところを見ました。

おじいさんは、まじめな顔をして、後ろで腕組みのように手を組んで、
おばあさんは、そのおじいさんの小指をちょんと握って
おぼつかない様子で一緒に歩いていました。

それを見たときに、
何故だか突然に『うっ!』と胸がつまってしまいました。
若いお嫁さんだったおばあさんが、その姿にだぶって見えました。

色々なことを経て、今はこんな風に二人で歩いているんだ…
そう思いました。

年をとって、私がこのおばあさんのようになったら
夫もこんな風に一緒に歩いてくれるのでしょうか。

それとも、私が年老いた夫を引っ張って歩くように
なるのでしょうか?

愛していることが、形になっていること…
気がつくと、身の回りにたくさんあるようです。

今日の1枚。

090707 写真を写すのをすっかり忘れて
暗くなってからの七夕飾りです。^^;
私と夫と義母の合作です♪

今日は雨も降らないので
織姫と彦星は、デートできましたね。

私は天の川というのを、
インドで初めて見ました。

白いもやのようなものが、空に
かかっている感じ、確かに
milky way と言ったほうが
ピンときますね。

みんなが書いた短冊の願いが
全て天に届きますように!

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銭湯で出会った素敵な人。

今日も、近所の軟水銭湯に行ってきました。

すごく疲れておりましたので、湯船につかって
一人でホッコリしていましたところ、
隣の方にちょっと触ってしまって、『ごめんなさい!』…と
言ったのが、良かった♪

そこから、その方から仕事についてお話を聞く事ができました。

私が、疲れた顔をして湯船につかっていたものだから、
心配そうに私を見ていました。

『ちょっと、仕事で疲れてるんですよ』…と言ったら、
『良いわねぇ~、仕事で疲れるなんて…私も仕事がしたい。』と
言われました。

その女性の方は、現在81歳でした。
最初のご主人とは14歳離れていて、働く奥さんが好き…ということで
色々な仕事をして働いてきたそうです。

最初のご主人が亡くなられた後で、また結婚したって。

最初のご主人は91歳で亡くなったそうです。
…ということは、77才よりも後になって再婚したんだ~。
それだけで、凄い人だと思いました。

78才で、年齢制限の無い宅急便の会社で働いて
その後で、喫茶店を開いたんだけど
ご主人が病気になって、今は休んでいるそうです。

そして、何よりも凄いのは、
『仕事がしたいわぁ~!』…と言われたこと。

とても、爽やかな表情の素敵な方でした。

『昔の事を愚痴るのを聞くのが一番嫌いよ!』…と言われる。

そうだなぁ~! 確かに、今を楽しんで生きている人の顔だなぁ~…
そんな風に思いました。

お風呂からあがって、今度は歯を治す話で、
またそばにいた人と結構盛り上がりました。

世間話が、とっても苦手だったのに
いつのまにか、色々な人と、楽しく話ができるようになりました。

これも、人生を楽しくする手段が増えた…っていうことかな。

450円で、また幸せな時間を過ごしましたよ♪

今日の1枚。

090623gspjune24 今日は、グルプルニマです。

満月のように
師と弟子の完全な関係を
師に感謝する日です。

今日は、満月です。
お風呂からの帰り道で
ちょっと見ることができました。

この写真は、
インドのヨガ道場の夕焼け…

私が世界で一番好きな場所で見る日没です。 
太陽が沈むときには、西風が吹いて、夢心地になります!

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日焼けについて、面白い話を聞きました。

実家の母は、相当のおしゃれさんで、
基礎化粧品はDIOR(ディオール)を使っています。

83歳にもなるのに、
普段【カプチュール】の美容液とか、使っているわけです。^^;

母は、足が不自由なので
化粧品が切れると、私が代わりにお使いにいきます。

私は(ご存知の方はよくお分かりになると思いますが)、
そんな母にちっとも似ないで、お化粧をほとんどしません。

ですから、不思議に思われないように、
最初に、『母の化粧品を買いにきました』…と説明してから
おもむろにメモを取り出して、買うわけです。

それでも、美容部員さんが、私にも色々と勧めてくださるので
そのたびに、試供品などをいただきます。

それも、なかなか良いものです!

ちなみに、その遺伝は私の妹に行って、
妹はかなりのおしゃれさんです♪

それで、母のカプチュールなどを買いに行ったところ、
『何故、日焼けにサングラスをしなければならないのか…』と
いうお話を、本当に素肌の綺麗な可愛い美容部員さんから
聞く事ができました。

ちなみに、その方が、厚化粧は駄目ですよ…と言ってました。

話を元に戻すと…
『目が紫外線を浴びると、その情報は脳にいきます。

紫外線がでたから…メラニン色素をだすぞぉ~と、
脳が身体に指令をだす』のだそうです。

ですから、さほどの紫外線ではなくても
目がたくさんの紫外線を感知すると、メラニン色素が
沈着するらしい。

ねぇ~…すごく為になる情報でしょう。

ですから、みなさん、
夏になったらUVカットのサングラスをかけましょうね♪

今日の1枚。

090705
義母の庭に咲いていた芙蓉の花。

夏になると、咲きますね。

雨があがった晴れ間に
とても美しく咲いていたので
思わず写真をとりました。

芙蓉の花を見ると、
大学の校歌を思い出します。

『芙蓉の高嶺を雲井にのぞみぃ~』
…です。(笑)

芙蓉の高嶺って、富士山のことですよ。

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変わりたい…

ほぼ日の糸井重里さんの昔のコラムで、
松井秀喜さんの好きな言葉について書いてありました。

***********************

 大好きなスポーツ番組『ゲットスポーツ』で、
 松井秀喜が好きな言葉をあげていましたよ。

 “心が変われば 行動が変わる。
  行動が変われば 習慣が変わる。
  習慣が変われば 人格が変わる。
  人格が変われば 運命が変わる”

 ‥‥心が変わると、運命が変わるのだと、
 二十代の一流の選手が、夜中のおじさんに向けて、
 テレビの向こうから語りかけていた。
 この言葉は、松井選手の学校にあった言葉らしい。
 いまネットで調べてみたら、
 もともとは中国の言葉という説もあったし、
 ユダヤの格言だと書いてあるものもあった。
 最後を、さらに、
 「運命が変われば 人生が変わる」としたものもあった。
 松井秀喜は、ほんとにそうやってるもんなぁ。

        (2001年1月8日の「ほぼ日」ダーリンコラムより)

************************

オバマ大統領も、何度も繰り返した"CHANGE"
その一番の始まりは、心…。

なるほどなぁ~と、思います。

『変わる』と決めても、心が後押ししないと
本当には変われないものですから。

私は、12月が近づいてくると
変わりたい…変わりたい…と思いながら
何も変わっていない…自分に気づいてガッカリすることがあります。

『変わりたい…』と、『変わる』の間で私を邪魔するものが
あまりにも大きくて、なかなかうまく行かないのです。

魔法のように、一瞬で心がしっかりと強くなれる
そんなことは、ぼんやり待っていても
起こることは無いのでしょうか。

『何を、どう変えるか…』に時間をかけて考える前に
自分の心と一緒にいることが大切なんだろうか?

もう7月になって、半分たちましたね。

今年は、あと半年しかない…と思うか、
今年は、あと半年もある…と思うか…

今年、半分使ってきた自分の時間のことを
『変わりたい』と思ったことが、『変わる』になったのか…、
振り返って考えているところです。

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朝、起きて一番に思うこと。

毎朝、5時に目覚ましをかけて、起きます。

起きてすぐは『ここはどこ?私は誰だっけ?』状態が続き
すぐに『朝ごはん! お弁当!』と思います。

最近の夫は、土曜日の朝は自分で朝食を作って
食べてくれるようになりました。すごい進歩だと思います。

ヨガの道場にいた時は、午前2時45分に起きて
シャワーをあびて、3時半から瞑想していました。
そして、ハタヨガをして、ご飯を食べるという毎日でした。

偉かったなぁ…私! (過去形で語ってますねぇ…)

翻訳や通訳を頼まれていないときは
9時に寝ていたので、そんなに難しいことではありませんでした。

それに、とても不思議なのですが
毎日、何時間も深い瞑想をしていると、脳が休まるせいか、
あまり寝なくても大丈夫なのです。

その頃の目覚め方は、とても静かで良い感じでした。

またマインドの話になりますが
マインドが空っぽだと、直接ハートのメッセージが届きます。

朝起きたときに、心をどんな気持ちで一杯にしていたいのか…
そんなことを考えながら、マインドを観察してみる…
それが、日々の修行でした。

さて、ヨガの道場で生活していた頃の穏やかな自分に戻る事は
可能でしょうか?

やれやれ…今日から、また修行のやり直しです。

今日の1枚。

090703 お花屋さんの前を通ったら、
七夕の笹を300円で売っていたので
買ってきました。

水の吸い上げが良いとのことで
今日は、笹をバケツに入れて
玄関に置いておくことにします。

私の両親は行事好きで、
子供の頃の七夕には
かならず笹飾りを作りました。

今年は、しばらくぶりに
笹飾りを作ろうと思います。

飾りつけをしたら
また写真を撮りますね♪

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銭湯が好きです。

独身で会社に勤めていた頃の休日は、
土曜日は、午前中はヨガクラスに通って、、
午後に帰ってからは、家の掃除や雑用をひたすら消化し、
日曜日に、友達と会ったり映画を見たりするくらいでした。

自分が自由に使える時間が少なかったし、
仕事でいつも疲れていたので、余暇はとても貴重でした。

そんな訳で、毎月、エステに行ってました。
今から思えば贅沢な話です♪

今の私は自分で仕事の計画を立てられるので、
隙間時間のように、ポツポツと余暇があります。

病気になるようなひどいストレスも無いので、
そこそこの投資で、結構元気が回復してきます。

そんな訳で、昔のエステに勝るとも劣らない、
極楽銭湯三昧の日々を過ごしています。(笑)

私の自宅の近くに、軟水の銭湯があります。
水が柔らかいので、石鹸がなかなか落ちないような感じで
肌がつるつるします。

湯船にジェットバスがあり、200円足せば、サウナにも入れます。

銭湯代は450円、それからマッサージチェアに100円使います。

夜からの仕事が無いときには、
ちゃちゃっと行って帰ってきて、ほうじ茶をゆっくり飲んで
夕ご飯の支度をしながら、夫の帰りを待つ…という感じですかね。

ある雑誌を読んでいたら、
湯船につかるのはとても大切だ…と書いてありました。

毛穴から、悪いものが出ていくらしいです。(笑)

確かに、シャワーと湯船につかるのでは、疲れの取れ方が
雲泥の差ですよね。

イギリスにいたときには、バスタブの外に水を流せないし
シャワーも無かったので、バスタブのお湯で身体を洗い、
同じお湯で髪の毛も洗い…という生活でした。

そうそう…イギリスの人って、食器を洗っても、洗剤を
水で濯がないんですよね…

水が豊富じゃないからなんでしょうかね!?

あぁ~…日本人に生まれてよかったです。

今日の1枚。090702

テイカカヅラです。
梅雨の頃に、咲きます。
良い香りがします♪

生垣に植えられていることが
多いですね。

この花を見ると、
インドにいた頃、咲いていた
ジャスミンの花を思い出します。

仲間なのかなぁ…

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宮沢賢治の『雨ニモマケズ』の話で考えた事

今日は、聖路加で開催されている、中央区の区民カレッジの日でした。
ヨガストレッチを教えて、先ほど帰ってきました。

クラスが終わった後で、Y先生とお話していたときのこと。

『私の瞑想の先生は、瞬時にあらゆる感情を味わって、
それを次に持ち越す事はないのです。』
『私も、色々な感情を深く味わって、深いところで泣いたり笑ったりしたい。
けれども、それに囚われずに、人生を過ごしたいのです』
…ということを言ったときに、
『それって、宮沢賢治みたいですね…』と、Y先生が言われました。

『日照りの時は涙を流し、寒さの夏はおろおろ歩き』…ですねって。

悟りというのは、何も感じなくなることではなくて
様々な感情を深く深く感じられるようになること…と思っています。

その感情を深く味わっても、コアにある揺るがないものに
いつでも触れ続けていること。

それが、『いつも静かに笑っている』という言葉になるのでしょうか。

自分の人生を生きる…ということが、どれほど難しいことか。

『熱く静かに生きる』…ということを、真剣に望んでいた頃が
ありました。

『静かに生きる』という意味が、ほんの少しだけ、自分なりにですが
言葉を越えて、腑に落ちてきたように思います。

それは、表面の感情の揺れを深く掘り下げていった場所にある
静けさなのかもしれません。

どんなに年をとっても、自分を探し続ける事、
『私は誰なのか』を問い続ける事が、自分を生ききることのように
思えてなりません。

今日の1枚。

090701 聖路加のクラスに出ると、
天むす弁当を頂きます。(笑)

いつもなら、
家にお持ち帰りをして、
夫と食べるのですが
今日は帰りが遅かったので、
私ひとりで食べました。

そんな訳で
普段は夫に食べられてしまう
野菜天を食べられました。

ちょっと嬉しいかなぁ♪(笑)

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