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2010年10月

怒らないこと

以前、夫が【怒らないこと】という本を買ってきました。
アルボムッレ・スマナサーラというお坊さんが書いた初期仏教の法話です。

その時は、面白いなぁ~という気持ちでサラリと読み流していましたが、
最近夜寝る前に、丁寧に繰り返し読んでみました。

そして、【怒らないこと】を自分と約束しよう…と決めました。

怒りは愛情と同じく、心にサッと現れて来るひとつの感情です。(中略)
大雑把にいうと、我々人間はこの二種類の感情によって
生きていると言えます。
ひとつは愛情の感情で、もうひとつが怒りの感情なのです。

愛情という感情なら、心の中で大きく育てていきたい。
サッと現れたときに、それを捕まえて大事にしたい。

でも、怒りの感情に大きい力を与えたくない。
できれば小さい種のうちに、取り除いてしまいたい。

…そんなことを考えました。

私の中でサッと現れる怒りの感情を野放しにしておくと
それは、遠い昔の怒りまで引き連れてやってきます。
もう忘れてしまったと思っていたことまで、痛みをともなってやってきます。

だから、自分が怒っている…と気づいたら、
私はイメージの中でその種が大きくならないように、
そっと拾い上げるようにしています。

そして、私には必要ないもの…と自分の身体から手放します。

こんなことを、毎日繰り返しています。

何度も何度も、繰り返して、
そして夜寝る前にする短い瞑想の中で【怒らない自分】でいたかどうか
思い出しています。

今日は【怒らないこと】ができませんでした。
種を拾いあげることができませんでした。
自分を少し壊してしまったかもしれませんが、
ただ、私の怒りで誰かを傷つけることはしなかった。
だから、ちょっとだけ、自分を誉めてあげようと思います。

私の怒り癖は、とても性質が悪くて、なかなかやっかいです。

でも、怒らないことを自分に約束したのだから、
その自分との約束を守ろうと思っています。

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エスペランサ(希望)

母の入院やら何やらで、最高に身体が疲れていて、
友人に甘えて弱音も吐いたりしているのですが、
実は、とても不思議な体験をしています。

体力も気力もあまり無いのですが、心は自由です。
深い深い谷に落ち込むような絶望からは無縁です。

炭鉱に閉じ込められて、長い間暮らしていたチリの人たちのことが
ひとしきり話題になりました。
そして、何度も【エスペランサ】(希望)という言葉がマスコミに登場しました。

【エスペランサ】という言葉のもともとの意味は、エスペラール。
【期待して待つ】という意味だそうです。

希望を持って待つことができれば、心は自由です。

何にも囚われず、人の言葉にも惑わされず
何があっても、心の一番深いところにその状態を納めて
静かに気持ちを味わうと、そこには希望【エスペランサ】があります。

自分の心が本当の強さに向かって成長しているような気がします。

この気持ちを絶対に忘れないでいたい…と思います。 

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祝福すること

I send you blessings.

ヨガの道場にいたときに、良く聞いた言葉です。

祝福します…ということですが、自分だって使っていたくせに、
どういう意味なのか、今日まで良く分かっていませんでした。(笑)

今日、教会に行ったら牧師さんがこんなことをお話されました。

祝福する…
相手がうれしいときに共に喜び、相手が泣くときに共に泣くこと。
うれしいこと、悲しいことは、心の一番深いところで感じること。
その相手のコアの気持ちと共にいることが祝福です。

私って、最後には理屈として正しいことが大切だ…と考えて
人生を生きてきたんじゃないかなぁ~…と思っていました。

そのことが、自分の人生を不自由にしているなぁ~…と
思い始めていました。

それが、最近、それこそ天地がひっくり返るくらいの勢いで
正しいことは、さほど大切なことではないのかもしれない…と
考えるようになりました。

私にとって、正しく生きることよりも
祝福に満ちて生きることが大切なんじゃないか…。
今日、牧師さんのお話を聞いて、そう思いました。

そして、帰りの電車で、こんな光景を見ました。

とても元気そうなお婆さんが、優先席に座っている女の子に、
『そこの、携帯電話を持っている女の子、年寄りに席をゆずりなさい!』
…と、とても怖い声で言いました。

その女の子は、目をつぶっていたので、
本当にはどう思っていたのか、私には分かりませんでした。

そのお婆さんは、優先席に座っていたんですよ。

優先席の周りが、ちょっと凍りついたようになりましたが、
私は、こんなことを考えていました。

お婆さんの気持ちも分からないではない。
でも、もしかしたらこの女の子は失恋して最悪の気持ちかもしれない。
若いからと言って、優先席に座ってはいけない…とは誰も言えないなぁ~。

そう思いながら、心の中で『祝福・祝福』と唱えていました。
正しさで判断して、どちらかを悪いと決め付けていない自分がいました。

そうしたら、お腹の中からまるでシャボン玉のように
可笑しさがこみあげてきて、笑いそうになりました。

お婆さんにも、女の子の気持ちとも一緒にいられる自分のことを、
心から自由だ…と思いました。

『祝福・祝福』というのは、しばらく私のおまじないの文句になりそうです。

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6回目の結婚式記念日

今日は、私と夫が結婚式をあげた日です。

実は、私、すっかり忘れていました。夫もすっかり忘れていたようでした。


入籍の日と結婚式の日が違うからかもしれませんが、
今までこんなことは一度もありませんでした。
母の入院のせいだったのかもしれません。

忘れていたのに、
私と夫は、一緒に、明治神宮にちょっと散歩に行ってきました。

明治神宮では、5組の花嫁と花婿を見ました。
それなのに、自分たちのことをすっかり忘れていました。(笑)

アメリカ人の観光客に、角隠しと綿帽子のお嫁さんがいるけれど
あれはどういう違いなの?…なんて聞かれて説明もしたのに…。

そして、今日は一番幸せな天国のような日ですね…と言ったら、
アメリカ人のご主人が、明日は地獄だったりして…なんて
冗談を聞いて笑ったりしたのに…。

友達に話したら、もうそれくらい、結婚したことが自然になったのね…と
言われました。そうなのかしら?

仲良く、たまにはぶつかり合って、
でもお互い気楽に生活できますように…って願って眠りました。

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人に支えられて生きる。

今日、母が大手術をしました。
今は、ICUにいますが、お陰さまで、手術の結果は良好です。

21日に緊急入院したのですが
いつもなら仕事がある日なのに、その日はお休みの週でした。
その翌日も、仕事が無かったので、母に付き添う事ができました。

妹も手術の途中で岐阜からやってきて、義姉や従姉妹も
みんなで一緒に母の手術を待ちました。

母は、『私は大丈夫だから… 絶対死なないから!』と言って
手術室に向かいました。

私は、手をぎゅうっと握って、一生懸命にニコニコして
『お母さん、目が覚めたら病室に戻っているからね。』と言って
送り出しました。

手術室の扉のドアが閉まったとたん、涙が出ました。
自分の気持ちを開放した瞬間、その時は自分の感情のままでした。
まるで、子供のように素直でした。

今は、こんなことを考えています。
心が弱いから涙を流すのではないんだ…と。

ちゃんと泣いたら、次の一歩が分かります。
次に何をするのか、見えてきます。

そして、周りには自分を支えてくれる人がいることに
気づくことができます。

母は、身体の中に何本かチューブが入っている状態で
手術室から帰ってきました。

そして、私たちの顔を見て、もうろうとした状態なのに、
私たち娘のことを心配していました。

妹には、東京に出てきて大丈夫なのか…
私には、夫が元気でいるのか… など。

遅くなったので実家に泊まると言ったら、
冷蔵庫の中にあるものを、食べなさい…とまで言いました。

母は、自分が一番大変なときなのに、子供のことを心配するのだ…
そう思ったら、母に愛されているなぁ~…という気持ちで涙が流れました。

お陰さまで、母は、命を救ってもらいました。
執刀してくださった先生や、優しいICUの看護師の皆さんに
感謝しています。

母が元気になったら、また一緒に沢山笑いたいと思います。
車椅子に乗せて、気持ちよい場所に連れて行きたいと思います。

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【ようこそ先輩】小池昌代さんの言葉

詩人の小池昌代さんが【ようこそ先輩】の中で
小学校6年生に授業をしていました。

その中で、私の心に残った言葉。

周りを断ち切って独りになる時間…
独りになるには勇気がいるけど、豪華絢爛な時間。

独りになって、初めて他者との関係が結べる。

詩を書くには、一番心の奥の扉に行くこと。
そこには思わぬ感情が眠っている。

一番最初に詩を書いて、小池さんの所に持ってきた女の子に、
こんなことを言います。

『流れていくことをそのまま書かない』

そして、心の奥へ奥へ行って、扉を開く というメッセージ

ナレーションがこう言いました。

心の奥へ奥へ行って、扉を開くと気持ち良いだろうねぇ…

自分が独りだと感じるとき、
実は、その時こそ、自分のことを知ることができる。
そして、他者との関係が結べるのだということ。

そう思うと、何か励まされるような気持ちがします。

孤独ということは、豪華絢爛なこと。

そう思うと、一人の時間がいとおしく感じられます。

【独り】の体験を豊かなものに育てたい…と願います。

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NHKプロフェッショナル仕事の流儀 伊達洋至先生の言葉

NHKプロフェッショナル仕事の流儀を見ました。

その中の呼吸器外科医・伊達洋至先生
『”思い”が、力になる』という言葉が心に残りました。

京都大学病院の先生として、大きい責任を持たれて
とても難しい呼吸器の手術をしていらっしゃる方です。

放送の中で、毎朝神社で祈るという姿が映し出されていました。

自分だけの力ではなくて、周りの方たちに力を下さいと祈ること。
そして、その思いが力になるということ。

超一流の方の持つ謙虚さに、圧倒されました。

最近、私の身近なところで、色々なことが起こったのですが、
その事柄に対して、戦う気持ちも起こらず、逃げる事もできない状態で
その場に立ち止まって自分の心と対面していました。

そして『今、自分の心は弱いんだなぁ…』という思いを持ちました。

けれども、立ち止まっている間に、
弱い心になったから、自分のまわりに助けてくれる人や
心配してくれる人がいる…ということに、気づきました。

弱い心を持っていることに対して、自分を責めることをせずに
『私は、心が弱いなぁ~』…と、とても素直な気持ちで
自分のことを大切に考える時間を持つことができました。

人の心や状態に巻き込まれずに、平常心でいること、
平和な気持ちでいられることを、今、私は学んでいるようです。

心が揺れ動いたときには、
身体を動かす事が、私にとっての一番の解決法です。

沢山歩いて、泳いで(今スイミングスクールに通っています)
そしてヨガをすることで、心が静かになります。

その静けさの中から湧き上がってくる思いには、
大きな力があります。

そういう自分の思いを大事にして、人の中で過ごしていこうと思っています。

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梅沢由香里先生に教えて頂いたこと

今日は、午後から六本木ヒルズで行われた
【囲碁フェスティバル2010】に行きました。

新宿教室で一緒に学んでいる仲間がたくさん来ていて
嬉しかったです♪

入門教室で、9路盤の梅沢由香里先生の説明を聞いていたら、
【幸せがあります】と言ってらして、
そうそう…私のノートにも【幸せがあります】って書いてくださったなぁ~
…なんて、思い出しました。

素敵な言葉でしょう♪

私は、由香里先生に入門のご指導をいただいたのですが
囲碁のルールがまるで分からなくて、A4版で配られた問題も解けず(涙)
クラスの落ちこぼれでした。

それを見るにみかねた由香里先生が、私のノートに沢山問題を書いてくださって
【幸せがあります】とポイントごとに説明してくださったという訳です。

囲碁をうつことの中に、幸せがあるんだ…って、また思いました。

囲碁が趣味なんて、ちょっとおこがましいですけど、
でも、細く長~く続けて上手になりたいなぁ~…と思います。
寝る前に、少しだけ死活の勉強をしようと思います。(笑)

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人が変るとき。

茂木健一郎さんの『脳が変る生き方』という本を、
図書館から借りて読みました。

その中で、心に残った言葉。

人間が本当に変るときは、一瞬、動きが止まって、
ちょうど、「サナギ」のような状態になります。(中略)
一方ではこれまでの自分がいて、他方では変わっている自分もある。
そのようにして、決まってる部分と、どうなるか分からない部分、
それが一緒になって変化しているときに、
人間は一番よく変わることができるのです。

瞑想の先生の所に行って『変りたいんです!』という人に対して、
先生はただ一言『change !』とおっしゃっていました。
そこに、どうすれば変わるのか…という言葉はありませんでした。

たぶん変る瞬間、サナギから蝶になる瞬間には、
迷いや方法論などはないのでしょう。

決まっているもの、変ってしまったものへ移行するシフトするだけ…という
ひとつの動きなのかもしれないなぁ~と思います。

サナギの間は、じっとしているだけです。
確実に何かが変わり、何かが動いていても
外からは何もその変化は見えない。

どうなるか分からない部分が変化しているときの気持ち…
自分が全てをやりきったときに、大きいものへ委ねる気持ち。

エリザベス・キューブラロスが
死ぬというのは、サナギが蝶になるようなもの…と
言っていたことを思い出しました。

【変ること】を、サナギから蝶へ…という視点でみていくと
悲壮感を漂わせながらの勇気や努力はいらないのかもしれない…と
思ったりします。

今の自分に正直に、今の自分の生き方をそれで良し…とすること
その続き、その先に【変ること】があるような気持ちがします。

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