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2011年11月

聖路加看護大学センターのまなびの講座

今日は、中央区と聖路加看護大学で行われている
まなびの講座で、ヨガを教えてきました。

19名の参加者で、そのうち、男性が3名。

いつもながらの楽しいクラスでした。
それに加えて、とても気持ちの優しい参加者が集まりました。

終わった直後に感じた優しくてシンとした美しい気配は
一人一人の参加者の方の身体や心から表現されたもので
1時間半、一緒にヨガクラスを作ってきたことへの
プレゼントだと思います。

これだから、ヨガを教えることが辞められないのかもしれません。

また、来週楽しみに伺います。

そして…聖路加に行くと、お弁当をいただくのですが
わざわざスタッフのFさんが、パンを予約して
私のために用意してくださいました。

Fさんは、3か月の男の子のお父さんなのですが
子供を大切に育てて可愛がっていて
お話を伺ったり、写真を見せてもらっています。

そして、子供を可愛い!と思う、
その気持ちに触れると、とても幸せになります。

愛情が溢れだして、そこから幸せの伝播ですね! 

それにしても、このクリームパン、可愛いですねぇ!

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誕生日プレゼント

今日は、誕生日でした。

妹や友達からメールをもらったり、義母からケーキが届いたり
夫からは、ピンクのお財布のプレゼントがありました

でも、自分へのご褒美は、これです!(笑)

111125_2そうです!

チョコレートパフェ。

1年に2回くらい食べます。

喫茶店で注文する、
正統派のパフェです。

去年1年間、
頑張った自分へのご褒美と、
次の1年への幸せと
祝福の意味を込めて…。

特別に嬉しいパフェになりました。

そして、今年のお誕生日に決めたことがあります。

笑顔の中で暮らそう…ということです。

そばにいる人が笑顔になるために
何ができるのか、考えて、無理をしないで
やってみようと思います。

今年1年、よろしくお願いします。

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自分一人で頑張ってきたような気になっているけど…

今まで、どれだけの人に助けられてきたのか…

そんなことを、よく考えます。

感謝という気持ちが無かったわけではないのですが
その気持ちの重さが十分ではなかったような…
感謝を言葉以外のことで表現してこなかったような…
そんな気持ちがします。

母は病気になってから、「ありがとう」の数が増えました。

どんなときも、いつでも、
まるで口癖のように「ありがとう…」の連発です。

この間、北海道にいる母のボーイフレンド(笑)から、
ラーメンが送られてきました。

母の病気には食べてはいけないものなのですが、
ほんの一口、食べさせて…と言います。

「こんなにたくさんどうするの?」と聞いたら
「あなた、全部持っていきなさい!」と言います。

「お兄ちゃんにもあげたら?…」と言ったら
「お兄ちゃんにあげると言っても持っていかないから
もうあげないことにした!」とちょっと怒っています。

「お母さん、「ありがとう」の気持ちは、形に出さないと、
伝わらないかも~」と言ったら、母は「そうかい?」と
言います。

母にそう言いながら、私自身の今までの「有難う」も、
母と同じだったかなぁ~と思い、クスクス笑ってしまいました。

私の夫は几帳面で、人に何かしてもらったら
すぐにお礼をします。(何か贈り物をします)

最初は、なんて几帳面なのかしら!…と思いましたが、
その真面目さが夫を作っているように感じて、
これも面白いことです。

「ありがとう」を心から素直に言える自分でいたいと
思います。

感謝することを、忘れないようにしなくちゃ…と
思います。

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すっきりと目覚めている!

私が仕事をするために、中心にあること、コアになるものを
ず~っと考え続けています。

昨日、ひとつ答えが出たような気がしたので、シェアします。

『すっきりと目覚めている』こと。

誰かの言葉を借りて言えば、『今を生きる』こと。

私がクリスタルクリアという仕事の名称を決めたときに
すでに分かっていたことでした。

クリスタルクリアは、透明で明晰で、光の源である象徴。
混じりけがなくて、純粋であるものの象徴。

自分が大切にしていたものを、昔からちゃんと分かっていたのに
最近その想いから遠くなっていました。

『すっきりと目覚めている』という目的のために、
ヨガを教え、家事セラピストの資格をとり、
コーチングをしているということ。

ここで、つながったような気持ちがします。

まずは、自分が【クリスタルクリア】であること。
自分から始めて、この力を広げていこうと思います。

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新橋演舞場 2011年歌舞伎顔見世に行ってきました。

15日の火曜日に、高校時代の友人のK美ちゃんと、
新橋演舞場に行ってきました。

今回は、気合をいれて、二人で着物を着て行くお約束。

そしてK美ちゃんは、歌舞伎初デビューという
歌舞伎鑑賞会です!

行きがけに弁松でお弁当を買って、お茶も持って
ワクワクしながら出かけました。

演舞場の前で、会ったとたん
二人して、着物着れたぁ~、変じゃない~?…
でも、よく一人で着れたよねえ~…とお互い褒めあって、
ひとしきりキャーキャー騒いでおりました。

洋服なら年齢がごまかせるのに、
着物を着るとなんだかおばさんぽいよねぇ~…なんて
言って、大笑いしました。

会うとすぐに
高校時代に戻ってしまうのは、仕方がないですかねぇ(笑)

私のお目当ては、娘道成寺を踊った菊之助さん。

道成寺は、昔からたくさんの人を舞台で見てきました。

歌右衛門さん、梅光さん、芝勘さん、富十郎さん、
玉三郎さん…。

玉三郎さんのファンクラブ会員だった私は、玉三郎さんが
娘道成寺を踊るたびに、イソイソと歌舞伎座へ通いました。

最初の道行のところで、花道の七三に差し掛かると
懐紙を唇でくわえたあと、くるくるとまるめて
客席にポンと投げる所作があるのですが、
私はその懐紙が欲しくて、ある時ピンポイントの席をとりました。

でも、ちょうど私のそばに中学生くらいの男の子がいて、
玉三郎さんは嫣然と微笑み、その男の子めがけて
懐紙を投げました。

やれやれ ^^;

今回の菊之助さんはとても優美で、息を呑むほど
美しい白拍子花子でした。

蛇になっていく瞬間の、鐘をにらむ表情は
玉三郎さんのように妖艶な恐ろしいものではなくて(笑)
少しすねたような女の子のものでした。

でも、とてもとてもよかった。

菊之助さん、とても良い役者さんになりましたね。

歌舞伎は、日本の色にあふれていて美しいから好き。

夢の世界に一瞬で運ばれていきます。

K美ちゃんと、毎年1度は歌舞伎鑑賞会をしましょう…と
約束して家に戻りました。

もうひとつ、実家の母が私が久しぶりに着物を着たことを
とても喜んでくれました。

これからは、
日常の中で週に1度は着物を着る機会を作ろう…と
決めました。

まずは、母のところに着て見せてあげよう…と思います。

母のところに行くと、家事をするので、
着物が汚れないようにさっそく割烹着を買うつもりです。

着物を着て家事をするのも楽しいかなぁ~なんて、
思っているところです。

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頑張らない自分を許すと、頑張らない人も許すことができる

自分が頑張ってやっていることを、いとも簡単に
『私できません。できることだけやりますから』と言われると
頑張っている自分は、いったい何なのだろう!…と
思うことがよくありました。

けれども、『頑張りたくない相手に頑張れ』…と言うことは、
やっぱりおかしいことだと気づいたときに
『できることだけやってください』というのが、一番良いことだ
というのを思い出しました。

インドの道場にいたときに、
言葉の通じないスペイン人やフランス人と一緒に
掃除をすることがありました。

私は日本人で真面目なので(笑)、
すぐにスーパーバイザーになって、彼らを監督しました。

最初は、その適当さにイライラしたものです。

けれども、
仕事の途中で帰る彼らに『もう少しやりましょう』…と言わず
『OK!ありがとう。また明日ね!』と言うと、
彼らはニコニコして帰って、また明日ちゃんと戻って来ることに
気づきました。

そうそう…日常は繰り返しの連続。
掃除だって、今日頑張っても、また明日になれば汚れます。

その適当さを許すことを学ぶために
彼らのスーパーバイザーになったのだ…と分かったとたん
新しい役割がやってきました。

この学びは、もう終えたということでした。

今は、そのことをもう一度思い出すときに来ているようです。

夫は私のことを『いいかげんだなぁ~!』とよく言いますが
今日はその言葉が『良い加減だなぁ~♪』と聞こえました。

いい感じで緩んでいるということだと、自分なりに翻訳して
また明日起こることに対して向かい合おうと思います。

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母のヘルパーさんに感謝です。

今日、実家の母のところに行ってきました。

私が行く日には、介護ヘルパーさんを頼んでいないので、
なかなかヘルパーさんと話すことがないのですが
今日はたまたま実家に行く用事があったので、
初めてお会いすることができました。

その方、Iさんの話を聞いて、感じることがあったので
少し書いてみます。

Iさんは、母の調理の補助と掃除、時には入浴介助を
してくださる方です。

母に対しても、とても細かい配慮をしてくださって、
母は以前からIさんのことを厳しい人だけれど、
とても親切な人なのよ…と言っていました。

Iさんをヘルパーさんと呼ばずに、Iさんと名前を呼ぶのは、
私の母だけだそうです。

たいていは、家族の方にもヘルパーさんと呼ばれるのだそうです。

母が入院して『物事が薄ぼんやりして、分からなくなった』と
言い始めたときに、私が一番最初に母に言ったことは、
看護師さんの名前をメモ帳に書きなさいね…ということでした。

それから、母はお世話になっている人の名前を忘れないように
メモ帳に書くようになりました。

その頃の母は、テレビのリモコンの操作や電話の掛け方など
色々なことが急にできなくなって、認知症になったのか…と
心配したのですが、母の好きなものを食べさせたり、
人に関心を向けるように促すことをしていくうちに
見違えるほど元気になりました。

そして、今は頭もしっかりして、
自分の考えも気持ちもはっきりと言えるようになりました。

自分のしたいことが少しでもできるようになると
人は生きようとする気持ちが出てくるのだ…と思います。

Iさんは、私に会いたかった…と言ってくれました。
そして、いくつか聞きたいことがあると言って、
飲む水の量など細かく確認をして帰られました。

私がいない場所でも、母は色々な人に助けられているのだ…
一緒に住んでいる兄や兄嫁が助けていることを思い出したら、
力んでいる肩の力がフワリと抜けました。

母を親身になって助けてくれる人が沢山いること。

その想いに包まれて、
今日は、とても優しい気持ちになりました。

そして、
Iさんは血がつながらないけれど家族みたいだなぁ~と
繰り返し思いながら家に帰ってきました。

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自分が引き受けること、人に委ねること

自分の力の見積もりがうまくいかず、引き受けたことに
責任を果たせないことがあります。

本当は一度引き受けたなら、最後までその責任を
全うしなければいけないのだと思っていながら
途中で棄権してしまった自分を厳しく責めて
身体を壊すことがありました。

実は自分が本当の身の丈を知らないまま
引き受ける要件を吟味しないままに
引き受けてしまった結果、途中放棄することが多いのだ…と
最近分かるようになりました。

それなら、どうすれば良いのか…
その答えは、最初から引き受けなければよいのだ…という
単純なことでした。

その裏側から見れば、
引き受けると決めたら、最後まで引き受けることだ…という
ことになるのかもしれません。

もしかしたら、難しい事柄に関わっているうちに
自分の身の丈が大きくなって、うまくやれるようになる…と
思っていた自分がいたのですが、
本当はどうなのかなぁ~…と考えるようになりました。

そして、私しか引き受けられないようなことは
あまり無いのかもしれない。

そうならば、他の人で楽に委ねられる人を探して
その人に全部を任せてしまうことも良いのかもしれない…

この頃はそう思うようになりました。

だから、最近は簡単に引き受けることはしません。

自分しかできないことのために、
今の自分を大切にとっておくような気持ちです。

もしかしたら、ちょっとケチになったのかもしれません。

でも、また変わるかもしれないしなぁ…(笑)。

今はそんな気持ちでユルユルと暮らしています。

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イクメン万歳!

先日、久しぶりに会った男性(半年に1度位お会いします)に
赤ちゃんが産まれていました。

今年の7月に、
『次にお会いするときには、もう産まれていますね…』と言って
お別れしたので、『産まれました~!』と聞いたときには、
本当に良かったなぁ~…と思いました。

『本当にかわいいんですよ~!』と言う新米のお父さんに
赤ちゃんの動画を見せてもらって、暖かい気持ちになりました。

お父さんが赤ちゃんのことを可愛いと思う気持ちは
また格別な感じがします。

そして今日、自宅の最寄り駅で電車を待っているときに
若いお父さんが、たぶん10か月くらいの赤ちゃんを抱っこして
電車が来るたびにその通り過ぎる様子を見せていました。

若いお父さんは何度も何度も赤ちゃんに
『電車が来るよ~』って話しかけていて、
赤ちゃんは嬉しそうに足をピョコピョコ動かしていました。

二人の間に、楽しい時間が流れているようでした。

ちょうどそのとき
小学校1年生くらいの女の子を連れたお父さんが
若いお父さんと赤ちゃんを、とてもとても優しい
暖かい目で見ながら通り過ぎました。

小学生を連れたイクメンの先輩のお父さんと、
若いお父さんの中で何か心の交流があったようでした。

一瞬でしたが、二人のお父さんのことが、心に残りました。

自分の大事な人を大切にしている気持ちは、
知らない間に伝染するのですね。

思い出すたびに、心の中に暖かい光が灯るような気がします。

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猫は色々なことを教えてくれます。

友達の飼っている猫が、不治の病にかかったそうです。

彼女の話を聞いて、
その病気を告知されるプロセスや、
そしてそれを受け止め、受け入れていく気持ちも
人間に対するものと同じだ…と思いました。

生き物は生き物であって、
人間と動物の間に違いはないのだなぁ~…
なんて、今更ながら思っています。

そして、その命に対して責任をもつことは
自分の子供や年老いた両親に対する思いと
同じなのだなあ~…と思います。

先日、私が下田に旅行に行ったときに
実家の母が私がそばにいないということで
不安になって、体調を壊しました。

私は、いつの間にか娘の立場から
母にとってお母さんになっていたようです。

以前の私だったら、母が依存してくることに対して
とても重い気持ちを持っただろうと思います。

でも今の私は、
母に対して責任を持つと決めたので
母の依存を、少しも重いつらい気持ちとして
受け止めることがありませんでした。

子供のいない私に、
人を引き受けることの練習をさせてくれるのかなぁ…
そんな思いを持ちながら、
母と一緒に時間を過ごしています。

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聖路加で、情報について勉強してきたこと。

聖路加看護大学が中央区との連携事業で行っている
【まなびの講座】の5回のうち、ヨガストレッチのクラスを
2回受けもっています。

昨日は、他のクラスに参加してきました。

テーマは情報について…
詳しく言えば、患者が自分の病気について、
どうやって情報をとっていくのか…という
石川道子さんの講義がありました。

情報はたくさんあるので、まずは疑ってかかること。

そして根拠があるかどうか吟味すること。

その情報を扱うのは自分の責任だということ。

とても面白いと思いました。

目の前に何があっても、自分の軸で取捨選択すること。

何を選び取るかという前に、
自分を信頼できるかということになりそうです。

次回、12月7日は私のヨガストレッチクラスです。
健康になるための情報はたくさんあるけれど、
自分の身体を知らないと、自分に合った方法を選べないので
自分の身体について知っていく…というWS形式の
講座を持つ予定です。

ちょっと、情報の選び方と似ているような気がしています。

聖路加の講座にいらっしゃる方は
みなさんとても学びの力が深いので、本当に教師冥利につきます。

身体に対するひとつの気づきが、
10年後の自分の身体を変えるかもしれないので
教える私はワクワクしています。

楽しいなぁ~…と心から思います。

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母と私 【新しい出会い】

私は、小さい頃から変わっている子供でしたので
常識的な母にはなかなか理解してもらえませんでした。

そんな訳で、
いつもどこかで、母に対して淋しい気持ちがありました。

そのかわり、父はいつでも私の味方で、私の気持ちを
受け止めてくれました。

私が大人になって、のびのびと生きていけるのは、
いつでも父が私に沢山の愛情を注いでくれたお蔭だ…と
思っていました。

ですから、今、母を介護するために、兄のところに
週に2回も通っているのはとても不思議に思います。

私の兄と義嫁は、母と一緒に住んでいます。

兄と義姉は、何かあると、一番に身体を動かして、
母のことをケアしています。大変だと思います。

私の役割は、母の話し相手になること。
母の好きな食べ物を作って持っていき、
一緒にご飯を食べること…です。

最近の母は、私が来ることをとても楽しみにして
待っています。

私も母に会えることが嬉しいと思います。

一番大きい気づきは
私は父親に似ていると思っていたけれど
実は母にもとても似ていると思ったこと。

そう思って初めて、母の気持ちが分かるようになりました。

母は【身仕舞】を考え始めた私のお手本なので、
これから少しずつ母と私のことを書いていきます。

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猫が教えてくれたこと

土曜日に、三毛のノラ猫が我が家の玄関先で亡くなっていました。

どこにも傷がない、どうして亡くなったのか分からないような
大きい綺麗な三毛猫でした。

雨が降ってくる少し前に、夫の自転車の前で
力が尽きたようでした。

夫がビニル袋を手袋代わりにして猫を抱えあげて
私が受け取ってポリ袋の中に入れて
バスタオルで包んで段ボールにいれました。

三毛猫だったので(日本猫だからと思い ^^;)、
お線香を焚いて二人で冥福を祈りました。

猫を見たときに、どうして家にやってきたのか
不思議でしたが、
夫が優しく猫を抱え上げているのを見て
この猫は最後に誰か優しい人に
自分を大事にして欲しかったのかしら…と思いました。

夫とは色々なことがありますが
いつも私は夫の優しさに包まれているのだ…と
思います。

猫が大事なことを教えに来てくれたのかもしれません。

そうそう…翌日、夫は花束を買って帰ってきました。
三毛猫が最後に横たわっていた場所に、花を飾りました。

こんど生まれ変わったら、
優しい人に大切に飼ってもらいなさいね…
そんなことを思いながら、花を眺めています。

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