学校で学んだこと

『わたし』という視点

高校2年生のとき、どういう訳か、
私はクラスの一番前の右の端っこに座っていたことがあります。

先生が入っていらっしゃるときに、
扉がガラガラって開くところに一番近い場所です。

私達の高校は、110分授業というのが昔からの伝統で、
4月に出席番号順にテーマを決められて
国語や、古文や、世界史など…
その時間、生徒が一人で授業をするのです。

ちなみに、『発表授業』と呼ばれていました。
どんな風に授業を拡大しても良いのです。
勿論、点数はつくのですけれど…

面白い話が一杯あるのですが、また別の機会に譲るとして、
今回は、世界史で学んだことを書きますね。

世界史の先生は、楢木先生と言って(もうお亡くなりになりました)
とても楽しい先生でした。

教室の扉をガラリと開くと、私の顔を見て、いつでも
『わたしの人形は良い人形…目はパッチリと色白で~!』と
ニコニコして歌うのです。

そして、『可愛いねぇ~』…とおっしゃるのです。(笑)

歌詞と私の状態は全く、一致していなかったので、
私は恥ずかしくて、その度に下を向いていました。
今じゃ、ちょっと想像がつかないかと思いますが…
本当はとても恥ずかしがりやです!(笑)

私は、出席番号が22番で、タイトルは『産業革命』

みんなと違う授業をしたくて、事柄ではなくて
沢山の人が産業革命について解説した、様々に
異なったストーリーについて話しました。

同じ事実が、後世の解釈でどれだけ違ってくるか…という
授業をしました。

その時に、楢木先生が深い話をなさいました。
事実はひとつしかないということ。
けれども、個人の解釈によって事実は色々な色を持つこと。
そして『今日の発表は10点だ!』と言って下さいました。

学校の勉強と、自分の人生が結びついた始めての体験でした。

私の言葉を、広げてくださったのです。
事実を解釈するのは、人間の視点だ…ということ。

最近、気に入って何度も繰り返す言葉があります。

それは…
『人の意見にぐらつかず、周囲の評価を気にせず、
信念とゆとりをもって、わたしを生きています』…という言葉。

『わたし』という視点を大切にするということ…
楢木先生が17才のわたしに植え付けて下さったこと。

今になって、ようやく先生のおっしゃる意味が分かるような
そんな気もちがしています。

今日の1枚。

080609 実家の玄関にある
 ブルーベリーの木。

2本植えないと、実がなりません。

ご存知でしたか?

今年は、恵みの雨が降って
いつもよりも沢山の実がなりました。

紫色になると
鳥が食べにやってきます。

さてさて、
今年は何粒食べられるかな?

今から、楽しみですねぇ~!

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