考えてみる

頭で考えたこと、本で読んだことを身につけるということ

新聞記者さんとお話をしていたときに、
頭で考えたこと、本で読んだことを
どうしたら、身につけることができるでしょうね…という
話になりました。

身につくというのは、
その人の血や肉になること。

身体の中に浸みわたって、内臓にまで浸透するような
深い体験のことかなぁ~と考え始めたところです。

実際に身体を動かして、身についてしまえば
スキーや自転車にように、しばらくたっても
身体が主導してくれるような感じかもしれません。

私はスキーも自転車も子供の頃に覚えたので
頭から本を読んで身につけたことではないのだけれど、
頭でっかちな大人に自転車に教えるときには
どうやって教えるのでしょうね。

子供のときは、何度も転んで繰り返し練習している間に
どうにか自分の力でできるようになるけれど、
その間自転車やスキーが上手な人が
そばにいてくれましたね。

誰かが一緒に自分ができるようになることを
自分のことのように喜んでくれて、
きっと上手にできるようになるよと言って
励ましてくれませんでしたか?

今はできないけれど、
一人でできるようになったときの自分を想いうかべて
少し自慢したいような気持があったり、
ワクワクする楽しさがありませんでしたか?

何度も繰り返すことが、身につけることだけれど
自分一人でできるようになるまで
折れそうな心を支えてくれる人がとても大事だと
思います。

できるはずはない…なんて思わずに
自分の力を信じられること。

誰かが自分の力を信じてくれること。

そして、繰り返し身体をつかっていくこと。

これらのことが、身についていくプロセスの中で
大切さなのかなぁ~と思っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

頑張らない自分を許すと、頑張らない人も許すことができる

自分が頑張ってやっていることを、いとも簡単に
『私できません。できることだけやりますから』と言われると
頑張っている自分は、いったい何なのだろう!…と
思うことがよくありました。

けれども、『頑張りたくない相手に頑張れ』…と言うことは、
やっぱりおかしいことだと気づいたときに
『できることだけやってください』というのが、一番良いことだ
というのを思い出しました。

インドの道場にいたときに、
言葉の通じないスペイン人やフランス人と一緒に
掃除をすることがありました。

私は日本人で真面目なので(笑)、
すぐにスーパーバイザーになって、彼らを監督しました。

最初は、その適当さにイライラしたものです。

けれども、
仕事の途中で帰る彼らに『もう少しやりましょう』…と言わず
『OK!ありがとう。また明日ね!』と言うと、
彼らはニコニコして帰って、また明日ちゃんと戻って来ることに
気づきました。

そうそう…日常は繰り返しの連続。
掃除だって、今日頑張っても、また明日になれば汚れます。

その適当さを許すことを学ぶために
彼らのスーパーバイザーになったのだ…と分かったとたん
新しい役割がやってきました。

この学びは、もう終えたということでした。

今は、そのことをもう一度思い出すときに来ているようです。

夫は私のことを『いいかげんだなぁ~!』とよく言いますが
今日はその言葉が『良い加減だなぁ~♪』と聞こえました。

いい感じで緩んでいるということだと、自分なりに翻訳して
また明日起こることに対して向かい合おうと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

自分が引き受けること、人に委ねること

自分の力の見積もりがうまくいかず、引き受けたことに
責任を果たせないことがあります。

本当は一度引き受けたなら、最後までその責任を
全うしなければいけないのだと思っていながら
途中で棄権してしまった自分を厳しく責めて
身体を壊すことがありました。

実は自分が本当の身の丈を知らないまま
引き受ける要件を吟味しないままに
引き受けてしまった結果、途中放棄することが多いのだ…と
最近分かるようになりました。

それなら、どうすれば良いのか…
その答えは、最初から引き受けなければよいのだ…という
単純なことでした。

その裏側から見れば、
引き受けると決めたら、最後まで引き受けることだ…という
ことになるのかもしれません。

もしかしたら、難しい事柄に関わっているうちに
自分の身の丈が大きくなって、うまくやれるようになる…と
思っていた自分がいたのですが、
本当はどうなのかなぁ~…と考えるようになりました。

そして、私しか引き受けられないようなことは
あまり無いのかもしれない。

そうならば、他の人で楽に委ねられる人を探して
その人に全部を任せてしまうことも良いのかもしれない…

この頃はそう思うようになりました。

だから、最近は簡単に引き受けることはしません。

自分しかできないことのために、
今の自分を大切にとっておくような気持ちです。

もしかしたら、ちょっとケチになったのかもしれません。

でも、また変わるかもしれないしなぁ…(笑)。

今はそんな気持ちでユルユルと暮らしています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

人を理解すること その2

人の話を聞けないときは、自分に迷いがあるとき…

本当に自信があれば、人の話を聞けるのではないか…という仮説です。

仕事柄、多くの社長さんにお会いしてきましたが
TOPの方は本当に話を良く聞いてくださる…という経験をしました。

自分の考えを脇に置いて、相手の話を良く聞く。
色々な立場の意見を聞いてから、最後は自分で決める。

TOPの人の仕事は決断ですから、当然自分で決める。

相手と自分の間で【違い】を大事にしないで、【同じ】かどうか関係なく
ただ、相手の言うことを認めて話を聞くこと。

そして、自分が決断する。

自分の人生の中で、私が主人公なのだから、
私もこんな風に生きていけばよいのだ…と思います。

でも、自分に自信がないのでなかなか人の話を聞けない。
相手に巻き込まれたり、相手にふりまわされてしまうという不安が
そうさせるのかもしれません。

それなら、自信をつけてからでなくても
ただ聞くという一点に絞って、自分の考えを交えないと決めて
色々な人の話を聞くことから始めても良いのかもしれません。

どちらが先でも、自分の人生を自分で創ると決めて
動き始めることが大事かもしれません。

今日は、こんなことを考えていました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

人を理解すること

ある人と話をしていて、考えたことを書きます。

人を理解するときに、言葉はあんまり助けにならない…という話です。

何を話したか…ではなくて、どんな行動をしたのか…を観察した方が
その人の考えていることや本質が分かるということです。

そして、色々な仮説をたてて、本当にそうだろうか?…と試して
相手の本質に近づいていくという方法をとるということ。

相手の頭の中のメカニズムを探るということ。

ひとつ思ったのは、夫婦というのはあまりじっくり話さないけど
(もしかしたら、一杯話す夫婦もいるかもしれませんが…)
一緒に暮らすことで相手の行動を観る機会がたくさんありますね。

それで、相手の本質に近づいていくんじゃないか…と。
相手に騙されずに考えていることが分かるような感じですね。

社長秘書をしているときに、
『人は72時間一緒にいると、相手のことがわかる!』と
社長に言われたこととも通じるかもしれません。

この話…また書きますね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ゴミ捨て場の話

私の家の玄関の前に、
アパートのゴミ置き場があります。

そのアパートは、管理人さんが住んでいないので
ゴミの捨て方について、誰も気にかける人がいないのです。

緑色の網をかぶせないで、そのまま生ゴミを捨てていく人が
いるので、カラスや猫の餌場所になっていました。

あまりのひどさに、ご近所の人たちが代わる代わる掃除をしていました。
夫の母も、私も掃除をしていたのですが、
ついに清掃局に連絡をして、ゴミを見てもらうことにしました。

それが、昨年の春のこと。

半年くらいたったときに、
電柱に『決められた日以外にゴミを捨てると罰せられます!』という張り紙が
大きく貼られました。

けれども、依然としてゴミの勢いは留まらず ^^;
ついに、粗大ゴミのお布団や電化製品までも捨てられるようになりました。

どうなっていくのか…と、様子を見ていたのですが、
今日は、また、新しい張り紙があって、
『このゴミ捨て場は、しばらく調査対象になります』とありました。

いつになったら、このゴミ置き場が整頓されるのか…
どんな風に解決されていくのか…

何がどんな風に変れば、この場所がスッキリするのでしょう。

私の心の在り方が反映しているのかしら…なんて考えると、
ちょっと気が重くなりますが…(苦笑)

何だかすっきりせずに、しばらく心に引っかかっている未解決事項です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ヨガを始める理由は何ですか?

昨日、論理思考のクラスに、ヨガの先生が見学に来ました。
今まで地方で開いていたヨガクラスを、東京に広めるために、
論理思考を勉強したいという方でした。

彼の情熱に満ちた話を聞いているうちに、
瞑想の先生に教えて頂いた大事な事を思い出したので、
忘れないうちに書いておこうと思います。

ヨガのゴールは、幸せになること…平和な気持ちになる事…などと、
ヨガを始める人に対して精神的なものを話すことが多いのですが、
ヨガを始めるきっかけは、身体のことで良いのではないか…という話です。

私がヨガを始めて、一番最初に感動したのは、
長年に渡る便秘が治ったことでした。(笑)

あせらなくなったり、不安な気持ちにならないという気づきよりも先に
肩こりが治ったり、疲れなくなったり、便秘が解消したり…といった
身体の気づきが最初でした。

瞑想の先生が私たちにこんな事を言われました。

『先生は、最初に弟子が望むものを全て与える。
そして、弟子が自分の望むものが手に入って満足したら
次に、先生が弟子に与えたいものを与える。』

以前、書いたことがありますが
先生に、欲しいと願ったものは、先生から頂いてきたと思います。

その時に、頂けなくても、私がそれを大切に扱うことができる時期が
やってきたときに、自然に頂いてきました。

そして、自分から何も望まなくなったときに
先生は、先生が教えたい事、先生が与えたいものを
惜しみなく与えてくださったように思います。

私も、ヨガを教えるときには、そうすれば良いのだ…と
思いました。

もし、生徒さんが肩こりを治したいのなら、肩こりを治す方法を、
精神的に安定したいのなら、安定できるような方法を、
生徒さんが望むことを、考えずに提供しよう。

なんだか、とても良い気持ちになって、
難しいことを考えない自分が気楽になりました。

明日から、また1週間の始まりです。
よい始まりにしましょうね。

今日の1枚。

090830 Toshiさんに、ゴーヤを頂いたので、
お豆腐と少しのお肉と卵で、
夕飯にゴーヤチャンプルを作りました。

この後、
主人の母に、おすそ分けしました。

今回は、ちょっと卵が多くて
トロトロしてしまいましたが、
美味しくできました。

Toshiさん、有難うございました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

陸上400mリレーが大好きです♪

世界陸上の男子100m×4のリレー決勝を、
朝からTVで何度も見ています。

そして、男子が走っている姿を見るたびにジワッと感動しています。

前回のオリンピックで、日本が3位に入ったときにも
同じように、とても感動しました。

そして、幼稚園の先生をしていたときには
子供たちが運動会で走るリレーに、感動していました。

何故、陸上のリレー競技なんだろう?

Toshiさんの論理思考教室のお陰で、考えることが好きになったので、(笑)
『何故私は、陸上リレー競技に繰り返し感動するのか?』…って、
ちょっと考えてみました♪
(そこに私らしさがあるかもしれないので…)

それでは、何故感動するのか?…という理由から。

第1に、個人の役割が決まっているから。
4人のランナーの役割が違っていて、特徴がはっきりしていること。
それぞれの個性が発揮しやすい。
自分に何が求められているか、分かっているのも良い感じです。

第2に、自分の技術を磨くことが大切だから。
自分と向かい合って、それが結果にあらわれます。
自分自身の努力が、結果の根底にあるということにも魅かれます。

第3に、チームプレーだから。
前回のオリンピックで、銅メダルがとれたのは、
何回もバトンの渡し方を練習したからなのだそうですね。
4人の息があっていることが、とても重要です。
勝っても、負けても、気持ちを分かち合える仲間がいること。

どうやら、私の仕事に対する気持ちと似ています。

私は、会社で仕事をするときに、
自分が何をしているのか分からないような部品/歯車の一部に
なることが、とても苦手でした。

上司に、今自分がしている仕事は、
会社全体の仕事のどの部分にあたるのか…という質問をして、
とても嫌がられました。

とにかく、生意気だということでしょうね… ^^;

そして、一人で、結果を出す為に努力する事に
とても大きい意味を置いているようです。

修行する…なんて、大好きですからね。

最近の仕事は、一人でやるよりも
色々な人と組んで、取り組むことの方が多いです。
そして、それがとても楽しいことに気づきました。

もちろん、ヨガを教えることは 一人ではなくて、
生徒さんが目の前にいるので、ちょっと意味は違いますが、
もしも、ヨガを教えるだけの仕事だったら、
物足りないように思うかもしれませんね。

あんまりじっくりと考えていませんが
何となく自分の傾向や本質がわかって、面白いなぁ~!

女子マラソンも、銀メダルがとれて、良かったですね。

実家の母は、マラソンが大好きです。
きっと、今日も見ていたに違いない!

もう少ししたら、スポーツの秋ですね。
気持ちよく汗をかける季節が、待ち遠しいです!

| | コメント (0) | トラックバック (0)