家事セラピスト

7/16 今日のすっきり!(くらしのこと-防災グッズ)

一応防災グッズは用意してあるのですが、今回、夫がワイワイ騒ぐので
ふたりで防災グッズを見直しました。

前から必要だね…と言っていた、手回し充電のラジオと電燈と携帯充電の用具を
買いに出かけたのですが、今回は、防寒になる薄地のアルミマントとか、
パンの缶詰とか、雨用コートなどを買い足しました。

夫はたくさんの薬を毎日飲んでいるので、その薬を3日分用意しなくちゃ…とか
小銭や保険証のコピーなど、今日中に済まなかったものもありました。

隣の家に住んでいる義母のために、釣り道具屋さんでベストを買わなきゃ…と
思っているところです。でも必要なものを用意してみると、けっこう重いので
もう少し内容を吟味しなければいけないと思います。

お店の人が「大きい地震があると、すぐに売り切れるんですよ!」と
言っていたのが、印象的でした。

少しずつ買いながら、減らしながら…という感じで、試行錯誤を重ねています。

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6/25 今日のすっきり!(くらしのこと-苦手なこと)

明日は、分別ごみの日です。

先週はのんびりしすぎて、段ボールの収集車が来てしまったので、
今日は頑張って外に出してきました。

若いころは、段ボールや雑誌をひもで束ねることがとても下手でした。

どんなことにもコツがあって、それはとても簡単なことなのですが
知らないと難しい…ということがたくさんあるような気がします。

会社で、ひもの縛り方を教えてくれた人のことを、
今はどうしているかなぁ~…なんて思い出していました。

もうひとつ、若いころは簡単にできたのに、年をとると
なかなか大変になってくることもあります。

私は、最近手先がにぶくなりました。
自分の指がとても太く感じます。繊細なことができないのです。

畳に落ちた髪の毛をつまんだり、くっついた紙をめくったりといったような
ことです。お財布から小銭をだすのも、少しもたもたすることがあります。

それは、とても小さい変化なのだけれど
単純に年をとることが自分の身にも起こるのだという気づきでもあります。

身の回りをシンプルにしなければ…と思います。
それが、自分に対して優しいことなのかもしれない…と、
最近よく考えています。

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6/22 今日のすっきり!(こころのこと-片づけ/誰のモノ?)

FBで、家事セラピストの中で話題になったことです。

英語のモノには、所有格や冠詞があって、「誰」のモノなのか
限定しますね。

「私の本」なのか?「妹の本」なのか?「誰のモノでもない」本なのか?

「妹の本」なら、私の本棚には置かない。
つまり、モノには「定位置」を決める情報もくっついているということ。

けれども、日本語はその部分はあいまいで、
ある意味ぼんやりと放っておかれるように、モノとして存在するということ。

「私」という「個」が確立している英語圏では、
私とモノとの関係を明確にすることが簡単だけれど。
日本語を話す私たちには、それがむずかしいこと。

そして、「個」のトレーニングを受けた人にとっては
モノと「私」の関係が簡単に作れるということ。

「自分にとって」目の前にあるモノは必要なのか、とか
モノ「私」が、どんな関係性を持っているのか、ということは、
「私」という価値観に関係するのかもしれません。

7/11のすっきり講座では、その部分を少しだけ見ていきます。

こころがすっきりするということの中に、
「私」をどんな風にとらえるのか…という視点があるかもしれません。

私の中の心のすっきりについて考える講座にしたいと、思っています。

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6/9 今日のすっきり!(くらしのこと-書斎の片づけ)

私の家は小さいのですが、私が仕事をする部屋があります。
もともとは、夫の部屋でした。

今は私がいる時間のほうが長い部屋です。

そこには、机がふたつ。 本棚がふたつ。
私が結婚するときに持ち込んだので、ふたつずつです。

夫と私の夫のパソコンが置いてあって、
時々並んでパソコンに向かいます。

今日は、頑張って片づけました。

モノを捨てるというのは、疲れますね。

仕事をするために作成した書類がたくさんあって、
パソコンの中に残っていないものと、残っているものがあって…

パソコンの中にあるものは、残さなくても良いのかなど
考えているうちに、疲れたのだと思います。

私は捨てるのは苦手です。なるべくなら捨てずにいたい人です。

それでも、やっぱり捨てたら元気がでてきました。

捨てることは、エネルギーを増やしてくれます。

明日は母のところに行って、机の上が広々しているかどうか
様子を見てきます。もし、またモノがたくさんあったら、
私の片づけ方が間違っていたということなので、
メンテナンスしてきます。

私の暮らしの環ではなくて、母の暮らしの環を大切にして
頑張ってきますね。

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6/7 今日のすっきり!(くらしのこと-捨てる技術実践)

今日は、やけどをした母のところに行って、テーブルの上のものを
どんどん捨ててきました。 

母に考える時間を与えず、ぜ~んぶ捨てました。(笑)

すっきりしたテーブルでご飯をたべながら、
母は「良い気持ち!」という言葉を連発していました。

なんのなんの、これからもっと捨てちゃいますよ!

そして、私は、
捨てる技術を駆使して、もっと元気になれると思います。

テーブルを片づけて、
お風呂に入れない母の全身を暖かいタオルで拭き
ドライシャンプーで頭を洗って、
ラベンダーの足湯をして、母もすっきり!

疲れて駅に着いたら、夫が改札口を出たところで
私を待っていてくれました。

なんだか、うれしかったで~す♪

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5/31 今日のすっきり!(くらしのこと-家事セラピストの得意分野)

今朝、家事セラピストの友人から
「削除メールを溜めてしまって、受信不能になっちゃった…
助けて~!」という電話をもらいました。

家のモノはバシバシ捨てることができる人なのに、
パソコンなかの捨てるべき中身を捨てていなかったことに、
ちょっと安堵しました(笑)

私は机の上が、少々山になっても、
「まっ、いいかぁ~!」と仕事を始めてしまいますが、
パソコンの中身が整理されていないことは耐えられません。

受信メールのファイルも細かく分類し、No,をつけます。
迷惑メールは削除し、受信トレイにはひとつもメールを
残さないようにします。

秘書の仕事をしていて、自分のパソコンのファイルが
社長と共有されていたのが理由かもしれません。

ひとりならどうにか廻せても
誰かと一緒に共有するには片付けや捨てることが
大事なことなのかもしれない…なんて考えていました。

人それぞれ、得意な場所が違っていても
隠されて見えないものを見えるようにすると、
またそこから捨てる作業ができるようになるなぁ~と
感心した次第です。

捨て上手な友人にも苦手な分野があるというのを知って
正直ほっとしました。

「家事セラピスト…みんな違ってみんないい!」ですね。(笑)

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「人生がときめく片づけの魔法」のこと

先日TVで、
こんまり先生がタレントさんの部屋を片付けているところを
始めて見ました。

社会的、文化的には片付けられない人はダメな人!
…というレッテルをすぐに貼ってしまうけれど、
私は、部屋一杯に散らかしている彼女のことを
少しもダメな人だとは思いませんでした。

彼女は、感受性がとても豊かで、素敵な人でした。
捨てるときに「有難う」と言いながら、たくさんの涙を流しました。

一番心に残った場面は、お誕生日にもらった枯れた花束を見て
どうして、大事にできないんだろう…と言うところでした。

こんまり先生の毅然としたブレの無い姿勢から発する
「片付けには終わりがある…」というメッセージにも
感銘をうけましたが、私の中で一番心に残ったのは
「モノを大事にする気持ちが部屋を片付ける動機になる」という
その仕組みでした。

そして、星の王子様がキツネに言われた言葉を思い出しました。

「あんたが、あんたのバラの花を
とてもたいせつに思ってるのはね、
そのバラの花のために、ひまつぶししたからだよ」

年をとると、あまりひまつぶしができる時間は残されていません。
モノを大切に扱うには、少しのモノを持つのが良いのかも。

数は少なくても、とても好きなモノをひまつぶししながら
生きていけたら良いなぁ~と思いました。

ときめくか、ときめかないか…で決めていく
「こんまり先生」の片付けの魔法の秘密を少しだけ
分かったような気がしました。

家事セラピストの視点に立って
捨てることをモノとコトから考えてみると
また違った解釈が生まれます。

自分の持つ量を決めて入れたら出す…という繰り返し。
「暮らしの環」を循環させていくという暮らしです。

家事のなかの「片づけ」という行動なので、
他の家事との兼ね合いも考えていきます。

けれども、捨てることは「暮らしの環」をまわす
エネルギーなので、家事セラピストにとっても
とても大切なことです。

どちらにしても、【自分】がその基準になりますね。
自分の生き方を脇に置くことは、できないようですね。

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家事塾スタッフブログに、掲載していただきました。

先日の砧区民講座の活動報告を
家事塾のスタッフブログに掲載していただきました。

こちらのブログに書いた内容とは
少し視点を変えた報告書です。

読んでいただけると、幸いです。

ブログは、こちらです。

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捨てることから始めない片付け術 2

捨てることから始めない…というタイトルにしたのは、
「捨ててから始める」という最近の片付け術が難しい人が、
すっきり暮らすために、片付けられるようになるには…と
考えたからです。

「こんまり」さんや、「断捨離」をするためには、
最初から(捨てるその時に)
自分の価値観や生き方がはっきりしていることが
大事なのだと思います。

そして「捨てる」ことは、すっきりと暮らすための
一番手早い方法だと思います。

でも…
どうしても捨てられない人でも、
片付いているというすっきりした実感が
持てる方法はないだろうか…ということ。

その方法を考えて、講座やセラピーの中で
紹介してみようと思っています。

…とは言っても、
辰巳さんの「暮らしの環」の考え方が、私にとって
自分にあっていて、一番分かりやすい思っているので
辰巳理論をどう解釈するか…ということかもしれません。

私は、家事セラピスト・コーチ・ヨガティーチャーと
三つの仕事をしているので、資料だけでも
3倍必要です。

例えば、
ヨガの本は英語で、しかも絶版のものばかりなので
「捨てられない」のではなくて「捨てない」という状態で
本棚にギッシリと詰まっています。

けれども、どこにしまっているか…ということさえ
分かっていて、定位置にあるならば
見た目はすっきりではないかもしれないけれど
心はすっきりしている…と言う風に思います。

そこから、少しずつ
「捨てる」としたら…という可能性をさぐっていくと
無理をせずに、捨てることもできるのです。

もしかしたら「捨てる」ではなくて
「誰か必要なひとに差し上げる」でもよいということです。

まずは、自分が捨てられないという状態を
悪く思わないことだと思います。

捨てないのには、何か理由があるので、
それを自分が納得するまで、自分の癖が分かるまで
(たとえ時間がかかっても…)待つということ。

捨てるために必要な自分の価値観や人生観を
モノと関わりながら見つけていくということ。

時が満ちれば、
(すっきり暮らしたいと思い続けるなら)
最後は、捨てることができるように思います。

大事なことは
「みんな違って、みんないい!」ということ。

捨てられない自分をいじめない…という事だと思います。

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連絡先の訂正です

2月19日の暮らしの講座、
連絡先のメールアドレスが間違っていました。

crystalclear★mbr.nifty.com
(★を@に変えてくださいね)

ご連絡いただいた方、申し訳ありません。

よろしくご訂正くださいますように。

記事のアドレスは訂正ずみです。

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